1月から「ヴィンランド・サガ」のアニメのシーズン2が始まりますね。いわゆる農場編を描くようで、いやー、待ち遠しい。自分はこの漫画のストーリーの中でトルフィンが農場で働いているころが一番好き、というか一番内容に深みを感じるんだけど、クヌートは黒いし、トルケルもあんまり活躍しないし、もちろんアシェラッドはもう生きていないし、ウェールズやローマといった遠い歴史につながることもないし、ということでアニメになるとシーズン1のような派手さがなくなるはず。どんな感じになるのかな。
「ヴィンランド・サガ」と言えばヴァイキングだけど、ヴァイキング関係の本を探していたらたまたま見つけたのが、この本『The Long Ships』。あんまり期待せずに読み始めたら、イベリア半島から現在のウクライナまで物語が展開して、結構のめりこんでしまいました。もともとスウェーデン語で書かれた小説で、自分はスウェーデン語はわからないので読んだのは英訳本。ペーパーバックだけど500ページ以上あるので読み応えたっぷりでした。
今のデンマークに暮らしていた主人公Ormの一代記なんだけど、いきなり主人公がヴァイキングにさらわれて遠征に連れていかれる。ほんと、ヴァイキングって乱暴なんだから…というのは昔のイメージで、最近はいろいろと研究が進んで、ただの荒くれ集団ではない側面がわかってきているようですね。それはさておき、イベリア半島に略奪遠征に行ったと思ったらイスラム勢力につかまってガレー船のこぎ手にさせられてしまいます。
でも腕っぷしを認められて太守の親衛隊みたいな感じになるのはさすが。ビザンツ帝国ではノルマン人をヴァリャーギ親衛隊にしていたけど、イスラムでもそういうことあったのかな。その後なんとか北欧に戻るんだけど、また遠征。ヴァイキングだからね。今度はイングランドで、それで落ち着くかと思ったら今度は地元でいざこざ。ところで「ヴィンランド・サガ」ではデーン人がキリスト教化しつつある様子がうかがえるようになっていますが、この小説でもキリスト教がスウェーデン南部に広がっていくのが描写されています。で、最後の冒険はキエフの南に隠されたビザンツ皇帝の財宝探しで終わります。
時代的にはトルフィンが活躍するちょい前、10世紀末から11世紀初頭なんだけど、ノルマン人が全ヨーロッパをまたにかけて活躍していたことがよくわかります。トルフィンだってバルト海からキエフ経由でミクラガルド(コンスタンティノープル)まで行っているしね。この小説では主人公はミクラガルドまで行かないものの、ビザンツ皇帝に使えたという人物も登場します。
ヴァイキングは海だけでなく河川も利用して内陸部でも活動してたってのは聞いていたけど、バルト海からミクラガルドに行くルートでは西ドヴィナ川とドニエプル川を利用していたみたいなんですね。この小説でもそのルートを通っていて、両河川の間は船を押していくんだけどそれがまた大変だったらしい。この時のために特別なエールを用意しておく、なんてエピソードが出てきます。無茶苦茶苦しい時に酒の力を借りるってことですな。この本の地図では、西ドヴィナ川とドニエプル川をつなぐ陸路はThe Great Portageって書かれているんだけど、どうやら今のスモレンスクあたりのようです。
「ヴィンランドサガ」の人気キャラ(だと自分は思っているんだけど)の、のっぽのトルケルも出てきます。主人公Ormは一緒にイングランドに遠征に行って、モルドンの戦いに参加するんだけど、「ヴィンランド・サガ」でもアシェラッドが「あれはモールドンの戦だったか」ってトルケルのことを回想していますね。(漫画だと第六巻です。)
イングランドの歴史では重要な戦いのようで、散文詩「モルドンの戦い」というのが残っていて、その叙情と拡張の高さから「ベーオウルフ」以上とも称賛されているらしい。なんてこと聞いてもちんぷんかんぷんですが、とにかく無名の戦いではないそうです。
この時代、10世紀末と言えば、日本は平安時代で紫式部がいてもうすぐ「源氏物語」を書くころ。イギリスの作家ヴァージニア・ウルフは「源氏物語」を称賛していて、この作品の時代を「アングロ・サクソン人がまだ野蛮であった頃」って書いたそうだけど、日本では優雅な王朝文化が花開いていたころ、イギリスは野蛮だったわけですね。
アシェラッドがイングランドの兵に対し、「オレらデーン人がケダモノだってんなら、お前らアングロ・サクソンも相当ケダモノなんだぜ。お前たちは暴力でこの地を奪った。オレたちデーン人はお前ら以上の暴力でこの地を奪う。まさか文句はあるめえな?」みたいなこと言ってて、数百年前のローマンブリテンへのアングロ・サクソン人の侵略にもふれているけど、それ以来イングランドはほぼ分裂状態が続いてたはずで、そこににデーン人がやってきて、さらに野蛮になっていたんでしょうなあ。
でも、たしかにこの本に登場するヴァイキングたちは野蛮でみんな喧嘩っ早いし、しかもただの喧嘩じゃなくて剣を抜いて殺し合いになるという結構乱暴な世界なんだけど、そんな荒くれものたちが結構、即興で詩を詠むんですよね。なんか意外と思ったけど、武士が和歌をたしなむようなもんなんですかね。
ところで「ヴァイキングならこれを読め!」なんて偉そうなタイトルにしましたが、これ私が言っているんじゃないんです。本の表紙にNo one should go a-vinking without itって惹句というか推薦の言葉が書かれていて、それを超訳しただけです。いや誰も略奪遠征に行かないから、とツッコミを入れてあげましょう。
と、いいことばっかり書いてきたけど、難を言うなら英語が固い。千年前の雰囲気を出すために意図的にやっているのかもしれないけど。でも内容は面白いし、最後にはクヌートにも触れていますよ。「ヴィンランド・サガ」にはまってヴァイキングの本を読みたい、という人はぜひ。