2022年12月30日金曜日

「ヴィンランド・サガ」が待ちきれない? ヴァイキングならこれを読め!

  1月から「ヴィンランド・サガ」のアニメのシーズン2が始まりますね。いわゆる農場編を描くようで、いやー、待ち遠しい。自分はこの漫画のストーリーの中でトルフィンが農場で働いているころが一番好き、というか一番内容に深みを感じるんだけど、クヌートは黒いし、トルケルもあんまり活躍しないし、もちろんアシェラッドはもう生きていないし、ウェールズやローマといった遠い歴史につながることもないし、ということでアニメになるとシーズン1のような派手さがなくなるはず。どんな感じになるのかな。


 「ヴィンランド・サガ」と言えばヴァイキングだけど、ヴァイキング関係の本を探していたらたまたま見つけたのが、この本『The Long Ships』。あんまり期待せずに読み始めたら、イベリア半島から現在のウクライナまで物語が展開して、結構のめりこんでしまいました。もともとスウェーデン語で書かれた小説で、自分はスウェーデン語はわからないので読んだのは英訳本。ペーパーバックだけど500ページ以上あるので読み応えたっぷりでした。



 今のデンマークに暮らしていた主人公Ormの一代記なんだけど、いきなり主人公がヴァイキングにさらわれて遠征に連れていかれる。ほんと、ヴァイキングって乱暴なんだから…というのは昔のイメージで、最近はいろいろと研究が進んで、ただの荒くれ集団ではない側面がわかってきているようですね。それはさておき、イベリア半島に略奪遠征に行ったと思ったらイスラム勢力につかまってガレー船のこぎ手にさせられてしまいます。

 でも腕っぷしを認められて太守の親衛隊みたいな感じになるのはさすが。ビザンツ帝国ではノルマン人をヴァリャーギ親衛隊にしていたけど、イスラムでもそういうことあったのかな。その後なんとか北欧に戻るんだけど、また遠征。ヴァイキングだからね。今度はイングランドで、それで落ち着くかと思ったら今度は地元でいざこざ。ところで「ヴィンランド・サガ」ではデーン人がキリスト教化しつつある様子がうかがえるようになっていますが、この小説でもキリスト教がスウェーデン南部に広がっていくのが描写されています。で、最後の冒険はキエフの南に隠されたビザンツ皇帝の財宝探しで終わります。


 時代的にはトルフィンが活躍するちょい前、10世紀末から11世紀初頭なんだけど、ノルマン人が全ヨーロッパをまたにかけて活躍していたことがよくわかります。トルフィンだってバルト海からキエフ経由でミクラガルド(コンスタンティノープル)まで行っているしね。この小説では主人公はミクラガルドまで行かないものの、ビザンツ皇帝に使えたという人物も登場します。

 ヴァイキングは海だけでなく河川も利用して内陸部でも活動してたってのは聞いていたけど、バルト海からミクラガルドに行くルートでは西ドヴィナ川とドニエプル川を利用していたみたいなんですね。この小説でもそのルートを通っていて、両河川の間は船を押していくんだけどそれがまた大変だったらしい。この時のために特別なエールを用意しておく、なんてエピソードが出てきます。無茶苦茶苦しい時に酒の力を借りるってことですな。この本の地図では、西ドヴィナ川とドニエプル川をつなぐ陸路はThe Great Portageって書かれているんだけど、どうやら今のスモレンスクあたりのようです。


  「ヴィンランドサガ」の人気キャラ(だと自分は思っているんだけど)の、のっぽのトルケルも出てきます。主人公Ormは一緒にイングランドに遠征に行って、モルドンの戦いに参加するんだけど、「ヴィンランド・サガ」でもアシェラッドが「あれはモールドンの戦だったか」ってトルケルのことを回想していますね。(漫画だと第六巻です。)

 イングランドの歴史では重要な戦いのようで、散文詩「モルドンの戦い」というのが残っていて、その叙情と拡張の高さから「ベーオウルフ」以上とも称賛されているらしい。なんてこと聞いてもちんぷんかんぷんですが、とにかく無名の戦いではないそうです。


 この時代、10世紀末と言えば、日本は平安時代で紫式部がいてもうすぐ「源氏物語」を書くころ。イギリスの作家ヴァージニア・ウルフは「源氏物語」を称賛していて、この作品の時代を「アングロ・サクソン人がまだ野蛮であった頃」って書いたそうだけど、日本では優雅な王朝文化が花開いていたころ、イギリスは野蛮だったわけですね。

 アシェラッドがイングランドの兵に対し、「オレらデーン人がケダモノだってんなら、お前らアングロ・サクソンも相当ケダモノなんだぜ。お前たちは暴力でこの地を奪った。オレたちデーン人はお前ら以上の暴力でこの地を奪う。まさか文句はあるめえな?」みたいなこと言ってて、数百年前のローマンブリテンへのアングロ・サクソン人の侵略にもふれているけど、それ以来イングランドはほぼ分裂状態が続いてたはずで、そこににデーン人がやってきて、さらに野蛮になっていたんでしょうなあ。

 でも、たしかにこの本に登場するヴァイキングたちは野蛮でみんな喧嘩っ早いし、しかもただの喧嘩じゃなくて剣を抜いて殺し合いになるという結構乱暴な世界なんだけど、そんな荒くれものたちが結構、即興で詩を詠むんですよね。なんか意外と思ったけど、武士が和歌をたしなむようなもんなんですかね。


 ところで「ヴァイキングならこれを読め!」なんて偉そうなタイトルにしましたが、これ私が言っているんじゃないんです。本の表紙にNo one should go a-vinking without itって惹句というか推薦の言葉が書かれていて、それを超訳しただけです。いや誰も略奪遠征に行かないから、とツッコミを入れてあげましょう。


 と、いいことばっかり書いてきたけど、難を言うなら英語が固い。千年前の雰囲気を出すために意図的にやっているのかもしれないけど。でも内容は面白いし、最後にはクヌートにも触れていますよ。「ヴィンランド・サガ」にはまってヴァイキングの本を読みたい、という人はぜひ。


2022年12月13日火曜日

『サピエンス全史』の著者が描く、騎士たちの特殊作戦

  (この記事は「War-Gamers Advent Calendar 2022」に参加したもので、12月13日分です)


  中世を扱ったウォーゲームってほんと、少ないですよね。WWⅡとかナポレオニックとか大量に出ているのに、約千年も続いた中世のゲームのお寒い状況と言ったら…。いろいろと問題があるのはわかるんですよ。信頼できる資料がどこにあるんだとか、中世のイメージってだいたいファンタジーなんだよとか(←偏見?)。

 で、ある日寂しくアマゾンで中世関連の本を探してたら、『Special Operations in the Age of Chivalry, 1100-1550』という本を見つけたので買ってみました。

 Special Operationsって書いてあるのに、こんなにのどかというか間抜けな絵の表紙でいいの? ひょっとしてギャグなのか? というツッコミは心の中にしまっておいて(でも中世の絵ってこういう感じのが多いですよね)、騎士道の時代の特殊作戦ってどんなものだろう、と思ってふと見るとYuval Noah Harariという名前が表紙に書いてある。え、もしかして『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリ?

 世界中でベストセラーになった『サピエンス全史』って漫画版まで出ているけど、その筆者ユヴァル・ノア・ハラリがもともと軍事史が専門だったということを全く知りませんでした(それともこんなこと、常識?)。ハラリは高校のときに百年戦争のロングボウについて調べたことから軍事史を志すようになったそうだ。へー。


 そのハラリが書いた『Special Operations in the Age of Chivalry, 1100-1550』は、特殊作戦とは何ぞや、ということから始まっている。狭い限定された地域における、比較的短期間で行われる小規模部隊による戦闘行動で、投入されるリソースは少量だが大きな戦略的政治的結果を得られるもの、がハラリの言う特殊作戦だそうだ。うーん、なんかこうして書くと教科書みたいで特殊作戦という言葉にあるワクワク感がなくなっちゃうな。ただしこの本で扱うのは陸上での戦闘に限られており、海上のものは除外されている(なお除外する理由も説明されていて、あーなるほどという感じ)。

 現代における特殊作戦についての考察もあり、第一次世界大戦以降は勇敢な突撃といった戦場でのヒロイズムが泥と血と有刺鉄線の悲惨なイメージにとってかわられたため、英雄的な行動は特殊作戦で求められるようになったと述べている。昔は英雄が戦争の行方や国の運命を左右できたけど、いまや個々の英雄が重要な役割を演じられるのは特殊作戦だけ、ということですな。メディアでも特殊作戦が大きく取り扱われるようになり、大衆文化、特に映画で人気となった、という指摘はわかりやすい。例としてミッション・インポッシブルやスターウォーズ、ロード・オブ・ザ・リングとかが挙げられている。え、ロード・オブ・ザ・リング?と意表を突かれた感じなんだけど、「ただしデススターや指輪を特殊作戦の破壊目標となる大量破壊兵器だと認めればの話だけれども」という条件が付いていた。デススターはともかく、ロード・オブ・ザ・リングの指輪って兵器なのか? 特殊な力はたしかにあったけど。

 研究者の間でも特殊作戦についての関心は高まっているそうだけど、たいていは第二次大戦以降のものが研究されているらしい。それより前の時期については、特殊部隊と通常の軍隊の精鋭部隊との混同があるそうで、これに関してはジェームス・ダニガンのこともちらっと触れられている。ダニガン先生の名前が出てくるとなんかうれしい。

 またユヴァル・ノア・ハラリは中世と現代の特殊作戦を比較した後で、火薬の登場・近代国家の成立、つまり中世の終焉だけど、それ以前と以降では、差異よりも継続性のほうが大きくみられると主張している。この辺の分析も面白いです。


 そういう特殊作戦についての考察が第一章に書かれていて、それはそれで面白いんだけど、第二章以降では具体的に6つの特殊作戦について書いている。内応者に呼応して城塞都市を夜襲したり、敵地奥深くの要塞にとらわれた王の救出作戦、それに小規模の襲撃部隊で補給拠点を強襲して神聖ローマ帝国の大軍を退却させた話とか、これがまた面白いんですよ。短編小説の題材になりそうな話が並んでいて結構エンターテインメントとしても読める。田中芳樹とか、誰か小説に膨らませてくれないかな。第一章はすっ飛ばして第二章以降の好きな話からつまみ読みしても十分楽しめます。


 なにかのゲームに絡めてこの本を紹介しようかと思ったけど、そもそもマイナーな中世、しかも特殊作戦なもんでウォーゲームになりにくいものばかり。それに何より本として面白いし、膨大な注や参考文献リストを除けば実質百数十ページしかないので気軽に読めます。ユヴァル・ノア・ハラリについては批判もあるけど、ウォーゲーマーとしては参考になるというか楽しめる本なのでご興味持たれた方はぜひ。ウォーゲームやるけど中世なんて興味ねーよ、なんて言わないでね。

 ちなみに中世のゲームだとGMTの「Men of Iron」シリーズがいいっすよ。もう版元では売り切れで残念なんですけどね。たまたま、「War-Gamers Advent Calendar 2022」の前日の記事がターン制についてだったけれど、MoIシリーズは非ターン制といっていいんじゃないでしょうか。ターン制の定義がよくわからないけど。MoIシリーズはAARをいくつか書いているのでよければ読んでみてください。P500に入っている「Norman Conquest」、早く出ないかなー。「ヴィンランド・サガ」のアニメのシーズン2が放映されている間にでると、こじつけていろいろと紹介できるんだけどな。


2022年12月6日火曜日

再版してくれないかな、『ドイツ三十年戦争』

  GMTから「Musket&Pike」の第二版が出たり、「歴史群像」で三十年戦争の漫画の連載が始まったりして、ちょっと今年は三十年戦争に興味が湧いてきた。

 とはいえ「Musket&Pike」はユニットの切り離しすらしていないし、「歴史群像」もまだ読んでいないんだけど。というか、三十年戦争に関する知識がなさ過ぎて、まずは基本的なことを知ろうと思うんだけどなかなか手ごろな本がない。『戦うハプスブルク家』は買ったけどnyaoさんからポジティブなフィードバックがなかったので、ひとまずスルーしておいて、nyaoさんに教えていただいた『ドイツ三十年戦争』を読んでみることにした。

 でもこの本、もう絶版でアマゾンでは5万円近い値段がついている。ちょっと手が出せませんわすんません、と思っていたら、原著の『The Thirty Years War』のペーパーバック版が三千数百円ぐらいで売っていたので買ってみた。


 でも500ページ強ある本なので、三十年戦争に関する知識がほとんどない状態でいきなり読むのは無謀かと思い、Hourly Historyの『The Thirty Years' War』という本をまず読んでみた。50数ページしかないぺらっぺらの本なのであっという間に読了できて気分がいい。おし、これで大丈夫、と思って『The Thirty Years War』にとりかかったんだけど、いやーもう、内容がたっぷりあっておなかいっぱいになりました。というか知識のない自分は消化不良気味。でも面白かったです。

 

 読んでいて感じたのが、一言でいうとぐたぐた感。ドイツの各諸侯やデンマーク、スペイン、スウェーデン、傭兵隊長などさまざまなプレイヤーが好き勝手なことをやっていて、さっさと戦争を終わらせよと言いたくなるんだけどだらだらと続いてしまったという感じ。それでいて、ふらふらしていたバイエルンのマクシミリアンとかザクセンのヨハン・ゲオルグとかは戦争終結後も生き延びているし。英雄っぽい人と言えばスウェーデンのグスタフ・アドルフぐらいかな。


 あと、読んでいると結構constitutionとかconstitutionalって言葉が繰り返し出てきて、うーんよくわからんと思っていたんですが、どうやら多くの諸侯に分裂している神聖ローマ帝国も、いちおう帝国という枠組みは保とうという考えがあったみたい。皇帝は世襲ではなく選挙で選ぶとか、諸侯の権利を尊重するとか、外国の介入は避けようとするとか。それがハプスブルク家の覇権とぶつかって、さらにスウェーデンやフランス、スペインなど外国の力を借りないといけないのに建前上でもやめたほうがいいんじゃないのという考えが、いろいろと事態をややこしくしたみたいです。


 三十年戦争と言ったらドイツ中が悲惨な状況になったのはよく知られているけど、この本でも繰り返し惨状が描かれています。軍隊が略奪するだけでなく疫病まで撒き散らしたり。しかしいろいろと奪うだけじゃなくてなんでわざわざ火をつけていくのかな。ほんと、よくまあドイツに人が住めたもんだ。おいらは絶対17世紀前半のドイツに生まれたくない、と思ってしまうんだけど、本の最後のほうで被害は誇張されている可能性が高い、みたいな分析をしていますね。


 ただね、この本、約80年前のものだからか英語がちょっと固い。倒置してifの省略とかなんて普通だし。語彙も多彩で、フランス語やラテン語を英訳なしに載せたりしていて、自分の教養のなさをひしひしと感じます。

 人名を覚えるのも大変。そりゃ30年も続いた戦争だからいろんな人が出てくるのは当然なんだけど。しかも英語表記だから、ただでさえ乏しい三十年戦争に関する知識が混乱する。ブランデンブルグ選帝侯ゲオルグ・ヴィルヘルムがGeorge Wiliamとか、ザクセン選帝侯のヨハン・ゲオルグがJohn Georgeとか、そのうちジョージ・マイケルとか出てくるんじゃないかと思うぐらい。まあ、巻末にちゃんと索引がついているからこの人どこで出てきたっけな、と調べるのに困らないけど、主要登場人物の表とかほしくなりました。

 それと地図が欲しい。いろんな地名が出てくるけどどこだよそれ、と思ってしまう。和訳本にはついているのかな。しかもたまに英語表記になっていて、Palatinateって文脈でプファルツのことだってわかるけど、ちょっと困る。あー日本語で読みたい。


 と文句を並べてしまったけど、Hourly Historyの『The Thirty Years' War』とか『戦うハプスブルグ家』とか、ドイツの『Der Dreißigjährige Krieg』という新書みたいな本にもこの本は参考資料として挙げられていたので、三十年戦争に興味がある人は読んでおいたほうがいいんでしょう。和訳本の『ドイツ三十年戦争』、再版にならないかな。


 ビビったのが、筆者のC.V.Wedgwoodはこの本を30歳になる前に書いている。すげー。しかも女性で、出版当時の20世紀前半ってまだまだ女性差別がいろんなところで残っていて、そういう意味からもこういう業績を残しているのはすごいな、と。

 以前NHKの「映像の世紀 バタフライエフェクト」という番組を見ていたら、エミリー・デイヴィソンっていう女性活動家が20世紀初頭に女性参政権をもとめて戦っていて、最後は競馬場で国王の馬の前に飛び出して死んでしまう、という結構衝撃的なエピソードが出ていたし、ほかにも女性だからという理由で学位を認められなかった人のことを紹介していたりしていた。もしかしたらC.V.Wedgwoodも差別と闘わざるをえないことがあったのかな、と読んでいて思いました。

 それと、この本って1938年、WWⅡ勃発の前年に出ているんですね。すでに軍靴の響きが聞こえてくる時期ですが、この本の最後にウェストファリアの講和条約について、The Peace of Westphalia was like most peace treaties, a rearrangement of the European map ready for the next war.って書かれているんですけど、ヴェルサイユ条約のことも当然念頭に置いていたんだろうなって思います。



マーケット・ガーデン80周年なので読んでみた、『9月に雪なんて降らない』

 1944年9月17日の午後、アルンヘムに駐留していた独国防軍砲兵士官のJoseph Enthammer中尉は晴れわたった空を凝視していた。自分が目にしているものが信じられなかったのだ。 上空には 白い「雪」が漂っているように見えた。「ありえない」とその士官は思った。「9月に雪な...