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2025年2月27日木曜日

紙の王冠なぞ被るか! The Battle of Wakefield (C3i Nr31) AAR part4

  ランカスター軍は左翼(マップ右方)のサマセットがなんとか態勢を立て直そうとするも、右翼のパーシーが続かず。ヨーク軍はトマス・ネヴィルが正面のサマセットの部隊を攻撃。ヨーク軍がさらに追い打ちをかけようとしたところで、ランカスター軍がたまらずSeizureカウンターを使用する。敵を波に乗らせてはいけない。ここで流れを切らなくては。60%の確率だったが継続奪取に成功。サマセットがトマス・ネヴィルに反撃する。

 だがまたもパーシーが続かない。自由活性を得たヨーク軍は、ヨーク公が自ら動く。配下のネヴィル一族だけに戦わせたまま高みの見物をするヨーク公ではないわ! 正面のパーシーの部隊に猛攻、損害を与えていった。

 よし、ソールズベリーよ、ヨーク公に続け。敵に息つく暇を与えずに畳みかけるのだ! だが継続活性に失敗。おいおい、活性化値5が泣くぞ。

 自由活性を得たランカスター軍は援軍登場チェックを行う。このゲームではランカスター軍の増援は同軍の自由活性のたびに10面体サイコロを振って登場するかを決める。登場に失敗するごとに次から+1DRMされるため、時間がたつほど登場する可能性が高まるのだ。サイの目にDRMをプラスして12以上だとマップ左端下方からウィルトシャー伯ジェームズ・バトラーの部隊が、そして14以上だとマップ右端からジョン・クリフォード卿の部隊が登場する。今回はDRM+4。そしてサイの目は……9! 待ちに待った援軍が来たぞ! 増援の到着に士気が上がったか、ランカスター軍は自由活性終了時の敗北チェックにも耐えた。

 敵が背後から現れただと! だが眼前のランカスター軍はあと少しで士気崩壊する。やるかやられるかだ。このまま攻撃を続けて先に敵を倒すのみ。ヨーク公が陣頭に立って熾烈な攻撃を加え、全軍の士気を鼓舞する。次々と敗走していくパーシーの兵たち。ランカスター軍の敗走ポイントは14に上ったものの、ギリギリのところでランカスター軍は敗北チェックに耐えた。だがすかさずヨーク軍中央のソールズベリー伯がヨーク公に続く。マップ上端に追いつめたランカスター軍をさらに押し込んでいった。

 ランカスター軍は増援として現れたウィルトシャー伯を急進させる。サマセットたちが持ちこたえている間にヨーク軍を背後から襲うのだ。今回もランカスター軍は敗北チェックをしのいだが、激戦に疲弊したかサマセットが継続活性に失敗し続かない。

 背後の敵にかまうな、パーシーとサマセットにとどめをさせ、とヨーク公が猛攻。重装騎兵2ユニットの集中攻撃ですでに混乱状態だったパーシーの歩兵を蹴散らす。そのまま勢いに乗ってヨーク公が敵軍旗に迫り、敗走状態の歩兵を壊滅させた。まだまだ終わらんよ、狙うはパーシーの首!と、混乱状態の歩兵とともにいるパーシーを歩兵2ユニットで攻撃。だがパーシーの兵は斜面の上に位置するという地形にも助けられ、ヨーク軍の攻撃に耐えた。ランカスター軍の敗走ポイントはすでに15。だがまたも敗北チェックに耐える。ランカスター軍の悪運もそろそろ尽きるはず、ソールズベリー伯よ、とどめをさせ、と思いきや、伯は動かず。どうした?!

 ヨーク軍の連携が乱れているを見て、ランカスター軍増援のウィルトシャー伯がソールズベリー伯の後方からチャージ!+3DRMでネヴィルは混乱、継続攻撃でネヴィルのMM壊滅、ネヴィル戦死! さらにヨーク公の長弓兵を後方と側面からInf2ユニットが攻撃、損害を与える。おし、罠にかかったヨーク軍をこのまま挟撃だ!

 だがランカスター軍の粘りもここまでだった。敗北チェックのサイの目は5。積み重なる損害に耐えきれず、ランカスター軍は士気崩壊、背後から襲われながらも勝ちを収めたのはヨーク軍となった。

 こうしてヨーク公リチャードが護国卿として覇権を握る状態が続くことになる。でも、あれ? リチャードのイケメンの息子、マーチ伯がエドワード4世として王位に就くのはかなり先になるってことですかね。


2025年2月22日土曜日

(幕間)『薔薇戦争 ― 兵たちの体験』……なのか?

  薔薇戦争関連の書籍を探していて見つけたのが、そのまんまのタイトル『The Wars of the Roses』という本。The soldiers' experienceというサブタイトルに惹かれて読んでみました。



 薔薇戦争における王や貴族たちの動機や運命について、歴史家たちは多くの研究を重ねてきた。だが、あの戦争の参加者の大多数は庶民だったのだ。庶民たちの体験はどんなものだったのか? 彼らはどのような人々だったのか? 


なんてなことが裏表紙に書いてあって、期待値が上がります。さっそく読んでみると、序文で筆者が、普通の兵たち、その態度や経験に興味を持ったって書いてますし。戦場で兵たちがどんなふうに戦ったのか、装備とかだけでなく、負傷したときはどうしたのかとか、行軍や野営中にどんなことしてたのかとか、当時の兵たちのビビッドな声が聞けるんだろうな、だって筆者は中世後期のイギリスが専門分野の大学教授だもんな、当時の一次資料を渉猟したんだろうな…


 とわくわくしながら読み進めると、あれ、なんか違う。全然個人個人の体験が出てこないじゃん。レビューを見てみると、「もっと一人称の経験が引用されていたらよかった。兵たちはどういう人たちだったのか。動機は?生活は?」なんてのがあって、先にレビューをチェックしておけばよかったよと思いました。とほほ。


 まあでも、つまらなかったかというとそうではなくて、かなり勉強になりました。というか序文で、14世紀から15世紀初頭の記録者たちは、弓兵やビルメンたちの半狂乱の戦い方にも、野営地で焚火を囲んでのリラックスにも関心がなかった、と資料の無さに触れているんですよね。普通の兵たちのメンタリティについてのある種のバックグラウンドを提供しようと試みた、イングランドやウェールズの「くずども」たちについてぼんやりとした輪郭を描き出せたらいいと思う、なんて筆者は最初に断っているので、小説に出てくるようなビビッドな描写を期待するのが間違いなんですけどね。

 

 個々の兵士の体験というよりは、主要な貴族の行動に焦点を当てるのではなく社会・軍事的な状況を分析した、というほうがこの本の内容としてはふさわしいんじゃないかと思います。薔薇戦争前の数十年間、イギリスの生活は比較的平和だという期待が、城や市壁の強化を怠ることに反映された、なんて書かれていて、非常に多くの城の防御施設が廃墟状態になっていたことが、薔薇戦争で攻囲戦がほとんどなかったことの説明に役立つ、とか。No mention has been found of clerical contingents in the Warsという指摘も、そういやそうだなと改めて気が付きました。イギリスでの反乱は14世紀には特徴的になってきていたそうで、they were short in duration, they did little to disrupt or damage society, and, with the exception of the battle of Shrewsbury, they did not lead to large-scale spilling of commoners' blood.だそうです。ふーん、だからあれだけ薔薇戦争で内戦続けられたのね。

 ほかにも、Welsh warfare was of a cruel kind more often found in the continent than in Englandなんてのも、『ヴィンランド・サガ』でにわかウェールズファンになった身としては結構気になったかな。English tradition favoured open rebellion over covert plots, as chivalrous, manly and honourable.なんてことも書かれていてちょっと意外。陰謀をめぐらすよりは、「上等だ、表出ろ!」って感じの脳筋っぽいのは結構好きなんですけどね。In the small and internally demilitarised landscape in England, members of a highly militarised nobility could speedily mount a formidable challenge in the field to a king.だそうですけど。


 あと、WW2のモンゴメリーが出てきたのがウォーゲーマー的には目を引きました。兵たちの士気の点では、戦場における指揮官の態度と戦闘前の軍への演説は重要な要素だっただろうという至極当然の指摘に続けて、現代の戦争でもこれは続いている。ウェリントン公は感情をあらわにすることを軽蔑していたかもしれないが、第二次世界大戦ではモンゴメリー将軍が中世の先例に続いた。モンゴメリーはspeaking with studied simplicityだそうですけど、ウェリントン公とモンゴメリーの演説を調べたくなりましたよ。薔薇戦争じゃないけど。


 とまあ、気になったところを挙げていくと次から次に出てくる本なのでした。The soldiers' experienceっていうサブタイトルに半ば騙されたけど、結果的に自分としては読んでみてよかったと思います。


2024年7月7日日曜日

戊辰戦争の2年前の欧州で Münchengrätz 1866(VV174) AAR ⑤

 ●第6ターン (13:00)

 今ターンに全軍盤外に撤退したいオーストリア軍、かたやその前に敵を補足したいプロイセン軍。活性化チット(marqueur d'activation)を引く手に力が入る。最初に引かれたのは…プロイセン軍のHorn。だがこの部隊は、前ターンのMusky山占領を優先したため、丘陵地では移動力が足らずオーストリア軍を捕まえることができない。

 続いて引かれたのはFransecky。敵を逃がすわけにはいかない。オーストリア軍は斜面や村で防御ラインを引いているが、戦力やサイの目修正を考え、一番防御が弱い歩兵と砲兵のスタックを攻撃。だが斜面上からの防御射撃に砲兵の至近距離の射撃が加わって、Franseckyの2ユニットとも撃退されてしまった。

 プロイセン軍の攻撃を退けている間にAbeleの部隊が盤外に脱出していく。このままLeningenも、と思いきや、運命の女神はプロイセン軍に微笑んだ。Leningenよりも先にSchölerのチットが引かれる。これまで渡渉地点を見つけられなかったプロイセン軍の騎兵だが、今回は成功! マップ南端の向こう岸にZoCを及ぼす。そしてSchölerの主力は消火された橋、それに架橋された地点を通って渡河、南下してLeningenの部隊を拘束する。渡渉地点を見つけた騎兵のZoCと相まって、Leningenの今ターンの盤外への撤退は不可能になってしまった。

 Leningenは至近距離からの砲撃でSchölerの歩兵を混乱させるものの、敵ZoCに拘束されていること、丘陵地での移動コスト、それに移動力の低い砲兵がいることから、包囲を避けマップ南端に後退するのが精いっぱいである。


  Les Grandes Batailles du temps de Napoléon III(ナポレオン三世時代の主要会戦)シリーズでは、敵ZoCの離脱には全移動力の半分を、混乱状態だと全移動力を消費する。高度差があるヘクスサイドを通過する場合は移動コストが+1(ただし街道沿いだとゼロ、道沿いだと+0.5)で、砲兵は街道か道が通っていなければ高度差のある移動はできない。そもそも砲兵は移動力が低いため、敵に隣接された場合丘陵地での後退はかなり困難になるのである。

 ちなみにこのシリーズではユニットの配置には向きがあり、ユニットはヘクスのいずれかの辺に向けて置く。ユニット周辺の隣接6へクスのうち3へクスにみZoCが発生し、後方3へクスにはZoCは及ばない。


●第7ターン (14:00)

 最終ターンである。プロイセン軍はあえて攻撃することはせず、敵を拘束するにとどめる。オーストリア軍はゲーム終了時にマップ上に残っているオーストリア軍2ユニットごとに1VPを失うのだ。それに、プロイセン軍はゲーム終了時に混乱状態の自軍ユニットがいるとVPが減る。防御射撃で損害を受け回復も失敗、ということもあり得るので、あえて攻撃に出るリスクを冒さないのである。

 一方のオーストリア軍は最後の反撃を試みる。砲撃でSchölerの歩兵を混乱、敵に一矢を報いた。そして歩兵1ユニットがからくも盤外へ脱出していった。

 こうしてゲームは終了。勝利得点は1点差でプロイセン軍の限定的勝利(victoire mineure)に終わった。


 正直、プレイバランス的にはオーストリア軍に厳しい。兵力劣勢なうえ、第5ターンまでMusky山やミュンヘングレーツの占領を極力阻止しないといけないし、オーストリア軍は第6ターンに撤退したユニットのみがVPに貢献するし。そのうえ損害は避けないといけない。史実では3点差でプロイセン軍の勝利だったそうで、そりゃ厳しいのも当たり前か。

 ただ今回のプレイではHornは1回しか活性化に失敗しなかったし、Schölerは毎回成功していたけど、確率的にはゲーム中Hornは2回、Schölerは一回は失敗するわけで、特にSchölerがIser川を渡河して全力追撃って場面で活性化できないとプロイセン軍には結構痛いはず。あとは地形の利用と砲兵の運用・撤退をうまくやればオーストリア軍にも勝ち目はあるんじゃないかと思います。チットプルなんで、活性化チットの引き順も結構影響するけど。

 VV174号にはこのMünchengrätzの翌日に起こったGitschinの戦いもついている。ちなみにGitschinもオーストリア軍の撤退戦だ。両ゲームの連結シナリオも収録されているし、将来的にはケーニヒグレーツの戦いも同じLes Grandes Batailles du temps de Napoléon III(ナポレオン三世時代の主要会戦) シリーズで出るらしい。1860年代っていったらアメリカの南北戦争がウォーゲーム的にはメジャーだけど、普墺戦争を扱ったゲームは希少価値があるんじゃないかな。戊辰戦争と同時代ということでプレイしてみてはどうでしょう。

2024年7月3日水曜日

戊辰戦争の2年前の欧州で Münchengrätz 1866(VV174) AAR ④

 ●第4ターン (11:00)

 今ターン、最初の活性化となったのはオーストリア軍左翼のLeningen。前ターンに撃退したSchölerが再び動く前に、Iser川の橋に火を放つ。橋にプロイセン軍がどれくらい近づいているかで成功の確率が変わってくるのだが、これまでSchölerの攻撃を繰り返し撃退してきたLeningen、ここでもサイの目がさえ、橋は目論見通り燃え始め通行不可になった。

 Schölerは急いで橋の消火にあたる。だが消火のためには橋に隣接したユニットが1ターン何もしないことが条件となっており、火が消えるのは次ターンに持ち越されてしまった。橋が再び通行可能になるのを待っている間、前ターンからマップ下方に向けて派遣していた騎兵がIser川にたどり着き、渡渉可能地点を探す。1ターンに一回、Iser川に隣接するプロイセン軍ユニットは1移動力を消費して渡渉地点(Gué sur l'Iser)を探すことができ、1D6で4以上の目が出れば発見に成功する。だが今回は失敗。Schöler部隊はIser川の対岸で遊兵となってしまった。

 Schölerが動けないのであればマップ右方でプレッシャーをかけろ、というプロイセン軍プレイヤーの叱咤にもかかわらず、Hornが活性化失敗。その隙にオーストリア軍右翼のAbele隊が後退していく。プロイセン軍Franseckyは次ターンのミュンヘングレーツ占領を目指して左方に転進、混乱状態だったユニットも回復した。

 オーストリア軍は各部隊の活性化の最初に行える砲撃(tir de barrage)以外、攻撃らしい攻撃をしていない。これは兵力的に劣勢だということもあるが、損害を出すのを極力避けるためでもある。防御射撃や攻撃側の強襲の結果は、効果なし以外では士気チェック、もしくは混乱状態になって退却だ(なお5以上の戦闘力だと敵にステップロスを強いる可能性が出てくる)。士気チェックに失敗するとやはり混乱状態になって退却となる。混乱状態のユニットがさらに混乱の結果を受けるとステップロスなのだが、ステップロスをすると敵のVPになるだけでなく、ステップロスの累計が部隊ごとに設定されている士気喪失閾値(seuil de démoralisation)に達した部隊は士気喪失(démoralisée)となる。士気喪失した部隊は、移動は自軍マップ端方向にしかできず、士気チェックでも不利なDRMがつくうえ、敵がVPを得るのだ。

 ということで部隊の士気喪失は避けないといけないのだが、このシナリオの場合Leningen部隊の士気喪失閾値は2,Abeleにいたってはたったの1である。ステップロスをしないよう、混乱状態のユニットは後方に下げ回復に努めるのがオーストリア軍には精いっぱいなのだ。

 また、プロイセン軍歩兵は防御射撃の際、ドライゼ銃効果で1シフト有利になる。これもまたオーストリア軍に攻撃を躊躇させる要素だったりする。


●第5ターン (12:00)

 このターンまでにプロイセン軍はMusky山を占領すると2VP,ミュンヘングレーツは1へクスごとに1VPを得られる。前ターン活性化に失敗したHornがMusky山を、Franseckyがミュンヘングレーツの北へクスを占領した。ミュンヘングレーツの南へクスはLeningenが歩兵と猟兵ともに守っているため手が出せない。

 Iser川の対岸ではSchölerが橋の消火に当たる一方で、他の地点で架橋(Ponton)を始める。対岸に敵ユニットがいない場所で1ターン何もしなければ架橋ができるのだ。だが今ターンも騎兵は渡渉地点を見つけられず。Schölerの部隊はなかなかIser川を渡ることができない。

 敵のプレッシャーが弱まっている隙に、オーストリア軍はさらに後退。次ターンに盤外への脱出を目指す。オーストリア軍は次ターン、第6ターンにマップ外に撤退した3ユニットごとに1VPが得られるのだ。

 ターン終了時には橋が消化し、架橋も完成した。次ターン、オーストリア軍が撤退する前にSchölerの部隊はIser川を渡河して敵を補足できるか。

つづく


2024年6月28日金曜日

(幕間)19世紀の仏軍事理論家ドゥ・ピックの「戦闘の研究」

  VaeVictisの今号の付録「Münchengrätz-Gitschin 1866」のルール、というかLes Grandes Batailles du temps de Napoléon III(ナポレオン三世時代の主要会戦)シリーズのルールは、このシリーズが扱っている時代の仏軍将校で軍事理論家だったアルダン・ドゥ・ピックArdant du Picqの考えから着想を得た、なんてなことがルールの冒頭に書いてあった。火力のみでは勝利は確実なものとはならず、強力な突撃によって敵の士気を喪失させる必要があるのだ、という考えだそうだ。突撃は白兵戦に至る前に、失敗に終わるか敵が逃げ出すかどちらかだ、とのこと。

 ドゥ・ピックは1821年生まれで1870年に普仏戦争で戦死しているという、まさに「Les Grandes Batailles du temps de Napoléon III」の同時代人。「Études sur le Combat(戦闘の研究)」という本を書いていて、フランスの国立図書館のサイトでスキャンデータが公開されているので読んでみた。ちなみにいくつか版が出ているようだけど、読んだのは一番最初に目についた1880年版。なお、「Études sur le Combat」は和訳も出ていて、小さなウォーゲーム屋さんで売っている。

https://petitslg.shop-pro.jp/?pid=161457780 (オリジナルの仏語からではなく、英訳からの重訳のようです。)


 ドゥ・ピックは人間心理を重視したようで、人間の心理こそが戦争のすべての出発点なのだ、という18世紀の軍人ド・サックス元帥の言葉を最初のほうで引用している。戦争のことを学ぶためには、人間の心を学ばなければならない、と。

 ちなみにドゥ・ピックの上記の部分の原文はLe cœur humain est donc, pour employer le mot du marechal de Saxe, point de depart en toutes choses de la guerre; pour connaitre de celles-ci, il le faut etudier.って書かれているんだけど、このド・サックスの言葉で検索してみたらフランス陸軍の指揮に関する文書が出てきて、冒頭で引用されていた。有名な言葉なのかな。

L’exercice du commandement dans l’armée de Terre


 

 それはさておき、このドゥ・ピックの「Études sur le Combat」は二部構成で、第一部は古代の戦闘、第二部は近代の戦闘について分析している。古代の戦闘では士気について結構書かれているんだけど、第二部の近代(ドゥ・ピックにとっては現代)でも、兵器は進化しても人間は変わらないと述べている。兵器だけでなく人間そのものについてもちゃんとわかっていないといけないってことなんでしょうな。l'homme ne change pas(人間は変わらない)の部分を斜体で強調しているし。軍隊における規律やsolidaritéの重要性を説いていたけど、この場合solidaritéって連帯というよりは団結って訳したほうがいいのかな。それと、勝つためには敵の不安cranteを恐怖terreurに変えないといけない、とか述べている。


 で、ドゥ・ピックの考えがLes Grandes Batailles du temps de Napoléon IIIシリーズのルールにどう反映されているかというと、うーん、正直自分にはあんまりわかんなかったな。戦闘ユニットが戦闘力のほかに士気値を持つっていうのは他の時代のゲームにも結構あるし。ファイアパワーで防御側が先に射撃、というのもまあ、そんなに珍しくないと思うし。戦闘結果が基本的に混乱+退却で、混乱から回復してまた攻撃できるっていうのが、物理的損害よりも心理面を重要視していることになる、のかなあ。もしかしたら、個々のルールではなくルール総体なのかもしれないけれど。この時代の軍隊や戦い方、それにそもそもウォーゲーム全般に関して知識がないのですみません…。でもまあ、ドゥ・ピックの考えは世紀をまたいで第一次世界大戦の仏軍にも影響を与えたようなので、ご興味ある方は読んでみてください。で、ルールのこういうところにドゥ・ピックの考えが反映されているんだよって教えてね。

2024年6月23日日曜日

戊辰戦争の2年前の欧州で Münchengrätz 1866(VV174) AAR ③

 ●第1ターン (8:00) つづき

 各ターンの最後、すべての部隊の活性化が終了した後に回復フェイズ(Phase de ralliement)がある。非混乱状態の敵ユニットのZoCにいない限り、混乱状態からの回復を試みることができ、1D6に士気値を足して6以上だと成功だ。例えば士気2の歩兵だと2分の1の確率で回復するのだが、指揮官とスタック・隣接していると有利なDRMが付く。今ターンのSchölerの攻撃で混乱状態だったLeningenの歩兵は、指揮官の叱咤激励で回復した。


●第2ターン (9:00)

 前ターンに続いて平野部ではプロイセン軍のFransecky部隊がマップ中央のミュンヘングレーツに向けて急進、Hornの部隊はMusky山を目指した。

 右翼から敵が迫ってくるのを見たオーストリア軍は、左翼方面のSchölerに対しては指揮官のLeningenと兵力の一部を足止めとしてとどめ、残りをミュンヘングレーツに向けて後退させる。そして前ターン活性化に失敗したAbeleだが今回は成功し、Musky山に向かって登ってくるHornの部隊に山上から砲撃を浴びせる。だが効果はなく、Hornに連絡線を断ち切られる前に山上の部隊は撤退を始める。そしてミュンヘングレーツの右方をカバーするために部隊を前進させた。

 マップ左方で早くIser川を渡河したいプロイセン軍Schölerは、こちら岸の村にとどまっているLeningenを歩兵2ユニットの計6戦闘力で攻撃する。守るLeningenは歩兵、猟兵1ユニットずつの総戦闘力4。だが猟兵は村に対する攻撃であれば攻防いずれの側でも+1DRMの有利な修正を得られる。Leiningenの陣頭指揮によるDRMも加わって、プロイセン軍歩兵は両ユニットとも激しい防御射撃に耐えられず退却してしまった。


 このシナリオでは猟兵(Jäger)は、戦闘力も士気・ステップ数も1しかない(歩兵は通常、戦闘力3で士気・ステップ数は2)。Jägerといっても立体機動して巨人を駆逐したりは到底できないのだけれども、スタック制限は通常2ユニット+猟兵のところ、村へクスでは1ユニット+猟兵と減るので、先述の村の戦闘でのDRMと相まって、村の防御を増強したいときには結構重宝するのである。


●第3ターン (10:00)

 このターン最初に活性化が回ってきたのは、ミュンヘングレーツに向けて街道を急進してきたプロイセン軍Franseckyの部隊だった。歩兵2ユニットに指揮官の戦闘ボーナス2という強力な戦力でもって攻撃をしかけたいFransecky。だが前ターンに敵オーストリア軍は村を利用して防御ラインを構築しただけでなく、後方から砲兵の支援も受けられるように布陣していた。このゲームでは戦闘の際、砲兵ユニットは同じ部隊に所属している友軍ユニットが攻撃されている場合、防御射撃に自身の戦闘力を加えることができる(ただし射程は半分になる)。

 ミュンヘングレーツ、それにその右方のAbeleがいる村へクスも、攻撃するなら敵後方からの激しい砲撃にさらされることになる。ミュンヘングレーツを目指していたFranseckyは敵の布陣を見てマップ右方に転進、敵防御ラインの右翼に位置する一番弱いスタックを攻撃した。ここも村ではあるものの、守るのは猟兵のほかは戦闘力1の弱小歩兵。このシナリオでは主戦力となる戦闘力3の歩兵はオーストリア軍には3ユニットしかなく、防御ラインに弱点が生じやすいのだ。Franseckyの兵たちは敵の砲兵の視界外に回り込んで村を強襲、1ユニットが防御射撃で撃退されたもののオーストリア軍を退却に追い込んだ。

 Franseckyの攻撃を受けたオーストリア軍はマップ下方へできる限り後退。LeningenもIser川の対岸から撤退した。このシナリオでのオーストリア軍は守り切ることではなく、時間を稼ぎつつ全軍を盤外に撤退させることにある。強力なプロイセン軍に対し無理は禁物だ。

 敵を逃がすか、とSchölerは前ターンに続いてLeningenを攻撃。だがまたも撃退されてしまい、Iser川渡河ならず。プロイセン軍は続く回復フェイズでも混乱状態からの回復に失敗するユニットが多く、次ターンの攻撃力が低下してしまった。


つづく


2024年6月19日水曜日

戊辰戦争の2年前の欧州で Münchengrätz 1866(VV174) AAR②

 ●第1ターン (8:00)

 このターンのみ、プロイセン軍が一番最初に活性化する部隊(formation)を選べる。プロイセン軍はマップ左方の山地に位置するSchölerの部隊を動かした。村を守備しているオーストリア軍歩兵を、歩兵2ユニットと猟兵(Jäger)で攻撃する。

攻撃するSchölerの部隊。ユニット左下が戦闘力。中央は士気・ステップ数

 

 このゲームシリーズでは、複数のユニットによる同時攻撃は連携攻撃(Combat coordonné)となって、部隊指揮官(chef de formation)が戦闘に参加している必要があり、1D6を振り指揮官の指揮値(Valeur de commandement)を足して6以上となると連携攻撃が可能となる。Schölerの指揮値は4なので6分の5の確率で成功だ。

 戦闘は防御射撃(Tir Défensif)の後、攻撃側による強襲(Attaque)を行うのだが、防御射撃によって退却しなかった攻撃ユニットのみが強襲できる。つまり攻撃側は防御射撃に耐えられたら攻撃ができるのだ。(なお、ルールの訳語は自分の感覚で適当にやっているので読まれる方は自分の好きな言葉に置き換えてください。)

 防御射撃だが、今回のように連携攻撃で複数のユニットから攻撃された防御側は、その戦闘力(Potentiel de combat)を敵攻撃ユニットに割り振る。例えば3戦闘力の防御ユニットが2ユニットに攻撃された場合、一方を1,もう一方を2で射撃できる。ここで特徴的なのは、ゼロ戦闘力でも防御射撃が可能なため、例えば攻撃2ユニットのうち一方をゼロ、もう一方を3で射撃のように、特定の敵ユニットに防御射撃を集中することもできるのだ。


 Schöler指揮下の連携攻撃を受けたオーストリア軍Leningen部隊の歩兵はその火力を脆弱なプロイセン軍猟兵に集中、混乱して退却させた。プロイセン軍は残る歩兵2ユニットで敵陣に突撃、村の防御効果で戦闘力が半減したものの、指揮官Schölerの戦闘ボーナス(Bonus de combat)2によるDRMにも助けられ、オーストリア軍歩兵は混乱して退却した。

 オーストリア軍のLeningenはミュンヘングレーツに駐留していた歩兵部隊をIser川の対岸に派遣し友軍の撤退を援護させる。そしてLeningenの右方をカバーするため、オーストリア軍のもう一方の部隊を指揮するAbeleが兵を前進させようとするも、活性化に失敗してしまう。


 総指揮官(commandant en chef)の指揮範囲にない部隊指揮官は、活性化の際にチェックをしなければならない。1D6を振り指揮値を足して6以上だと成功だ。Abeleの指揮値は3なので3分の2の確率で成功する。活性化に失敗した場合、指揮官は動けず配下のユニットは指揮官にむかってのみ半分の移動力で移動ができる。

 このシナリオではオーストリア軍に総指揮官は登場しないので毎回活性化チェックが必要、と思いきや、特別ルールでLeningenは常に活性化でき、AbeleはLeningenの指揮範囲にいれば活性化チェックは不要となる。ただ初期配置では指揮範囲外なのでチェックが必要で、失敗したのである。

 プロイセン軍にも総指揮官は登場せず、3人いる部隊指揮官は毎回活性化チェックを行うことになる。Franseckyは指揮値5なので常に成功、Schölerは4で6分の5の確率で成功なのだが、Hornは3なので3分の1の確率で失敗する。

指揮官ユニットの左下が指揮値。右端中央は戦闘ボーナス

 ぐずぐずしているオーストリア軍を後目に、平野部をプロイセン軍が前進する。このゲームでは街道(Route)を2ヘックス連続で通過すると移動力が+1される。Hornの部隊は街道沿いに急進、増援としてマップ右上から登場したFransecky率いる部隊がそれに続いた。

つづく

2024年6月15日土曜日

戊辰戦争の2年前の欧州で Münchengrätz 1866(VV174) AAR ①

  「1868 戊辰戦争」が発売されたと思ったらあっという間に完売して、ウォーゲーム界では戊辰戦争が盛り上がっているようだけれども、VaeVictisの最新号の付録ゲームは1866年の普墺戦争の会戦。おお、1866年と言えば戊辰戦争と同時代じゃないですか。いつもは中世の会戦ばっかりやっていてこの時代のゲームは全くと言ってやったことがないメンツだけれど、便乗するしかないだろこの戊辰戦争のビッグウェーブに! ということでプレイしてみた。

 今回VaeVictisでゲームになっているのはミュンヘングレーツMünchengrätzとギッチンGitschinの二つの戦い。ズデーテン山地を越えボヘミア(現在のチェコ)の中心部に向けて急進してくるプロイセン軍に対し、オーストリア軍は後退し戦力を集中しようともくろむ……ということらしいけど、普墺戦争ってモルトケ無双っていうイメージとケーニヒグレーツの戦いぐらいしか知らない。ミュンヘングレーツとギッチンはそのケーニヒグレーツの数日前に起こっていて、VVのヒストリカルノートも「ケーニヒグレーツの前の最後の戦い(Derniers combats avant Sadowa)」ってサブタイトルが付いている。ちなみにケーニヒグレーツの戦いってSadowaの戦いとも言うんですね。知らんかった。


 プレイしたのはミュンヘングレーツの戦いで、オーストリア軍は損害を抑えつつ撤退できるかというもの。ゲームはLes Grandes Batailles du temps de Napoléon III(ナポレオン三世時代の主要会戦) シリーズで、これまでもこのシリーズはVaeVictisの付録で何作か出ている。

 チットプルで部隊ごとに活性化し、砲撃・移動・戦闘を行うという比較的シンプルなルール。戦闘解決方法がやや特徴的だが、これは後述する予定。1ターン1時間、1へクス800m、高度レベルは1ごとに約50mの差。シリーズの作品によって規模が違うのかな、未確認なんだけど、ミュンヘングレーツとギッチンは1ユニットが連隊もしくは大隊で、1戦闘力が歩兵700-800名、騎兵だと500-600騎ほどを表している。

 初期配置は写真のとおり。マップの右上から左下にかけて流れるIser川が平野部と左上の山地を区切っている。このIser川はマップ右上の橋を除けば基本的にミュンヘングレーツ左方にある橋でのみ渡河が可能で、マップ中央の上と下にある橋は破壊されていて通行不可。また、ミュンヘングレーツ近くの橋はオーストリア軍が火を放つと通行不可になる。ただしプロイセン軍は橋の消火が可能なほか、渡渉点を探したり架橋することもできる。

 兵力的に劣勢なオーストリア軍は地形を利用して時間を稼ぎつつ秩序だった退却を行わなければならない。第6ターンにマップ南端の道路からマップ外に撤退するとユニット数に応じてVPが得られるが、逆にゲーム終了時にマップ上にユニットが残っているとVPが減少する。一方のプロイセン軍は敵の撤退を阻止しつつ、ミュンヘングレーツの村へクス、および制高点であるMusky山を5ターンまでに占領するとVPを得られる。


 早速プレイ開始、と言いたいところなんだけど本当に普墺戦争については全く知らないので、ヒストリカルノートとデザイナーズノートを読んでみた。VaeVictisのヒストリカルノートはたいていコラムがいくつかついているんだけれど、今回は5ページがっつりコラムなしの本文で勉強になりました。しかし、普墺戦争の開始時にプロイセンはザクセン王国に侵攻しているんだけど、オーストリア軍はザクセン軍をボヘミアに撤退させているんだよね。自国領土を一時的にせよ見捨てさせるほどオーストリアに統率力があったのかな。それと、普墺戦争ってドイツ語でDeutscher Krieg(ドイツの戦争)とも呼ばれるらしいんだけど、そういえばこの時期ドイツ統一をめぐってプロイセン中心の小ドイツ主義とオーストリア中心の代ドイツ主義の対立があったって世界史で習ったのを思い出しました。Deutscher Kriegっていうのはドイツのあり方を決める戦争だったってことなんですかね。


つづく

共和国軍の攻勢から反乱軍の反撃、そして機動戦から消耗戦へ Brunete 1937 (Alea43) AAR part5

 ●第5ターン  残り2ターンである。このゲーム、序盤は共和国軍が圧倒的に優勢であるものの、反乱軍には続々と増援が登場する。下の写真はこのショートシナリオが扱う第1~6ターンの両軍の増援で、一目瞭然、共和国軍には微々たる数しか現れないのに対し、反乱軍は大量の援軍を受け取る。ヒスト...