2025年2月22日土曜日

(幕間)『薔薇戦争 ― 兵たちの体験』……なのか?

  薔薇戦争関連の書籍を探していて見つけたのが、そのまんまのタイトル『The Wars of the Roses』という本。The soldiers' experienceというサブタイトルに惹かれて読んでみました。



 薔薇戦争における王や貴族たちの動機や運命について、歴史家たちは多くの研究を重ねてきた。だが、あの戦争の参加者の大多数は庶民だったのだ。庶民たちの体験はどんなものだったのか? 彼らはどのような人々だったのか? 


なんてなことが裏表紙に書いてあって、期待値が上がります。さっそく読んでみると、序文で筆者が、普通の兵たち、その態度や経験に興味を持ったって書いてますし。戦場で兵たちがどんなふうに戦ったのか、装備とかだけでなく、負傷したときはどうしたのかとか、行軍や野営中にどんなことしてたのかとか、当時の兵たちのビビッドな声が聞けるんだろうな、だって筆者は中世後期のイギリスが専門分野の大学教授だもんな、当時の一次資料を渉猟したんだろうな…


 とわくわくしながら読み進めると、あれ、なんか違う。全然個人個人の体験が出てこないじゃん。レビューを見てみると、「もっと一人称の経験が引用されていたらよかった。兵たちはどういう人たちだったのか。動機は?生活は?」なんてのがあって、先にレビューをチェックしておけばよかったよと思いました。とほほ。


 まあでも、つまらなかったかというとそうではなくて、かなり勉強になりました。というか序文で、14世紀から15世紀初頭の記録者たちは、弓兵やビルメンたちの半狂乱の戦い方にも、野営地で焚火を囲んでのリラックスにも関心がなかった、と資料の無さに触れているんですよね。普通の兵たちのメンタリティについてのある種のバックグラウンドを提供しようと試みた、イングランドやウェールズの「くずども」たちについてぼんやりとした輪郭を描き出せたらいいと思う、なんて筆者は最初に断っているので、小説に出てくるようなビビッドな描写を期待するのが間違いなんですけどね。

 

 個々の兵士の体験というよりは、主要な貴族の行動に焦点を当てるのではなく社会・軍事的な状況を分析した、というほうがこの本の内容としてはふさわしいんじゃないかと思います。薔薇戦争前の数十年間、イギリスの生活は比較的平和だという期待が、城や市壁の強化を怠ることに反映された、なんて書かれていて、非常に多くの城の防御施設が廃墟状態になっていたことが、薔薇戦争で攻囲戦がほとんどなかったことの説明に役立つ、とか。No mention has been found of clerical contingents in the Warsという指摘も、そういやそうだなと改めて気が付きました。イギリスでの反乱は14世紀には特徴的になってきていたそうで、they were short in duration, they did little to disrupt or damage society, and, with the exception of the battle of Shrewsbury, they did not lead to large-scale spilling of commoners' blood.だそうです。ふーん、だからあれだけ薔薇戦争で内戦続けられたのね。

 ほかにも、Welsh warfare was of a cruel kind more often found in the continent than in Englandなんてのも、『ヴィンランド・サガ』でにわかウェールズファンになった身としては結構気になったかな。English tradition favoured open rebellion over covert plots, as chivalrous, manly and honourable.なんてことも書かれていてちょっと意外。陰謀をめぐらすよりは、「上等だ、表出ろ!」って感じの脳筋っぽいのは結構好きなんですけどね。In the small and internally demilitarised landscape in England, members of a highly militarised nobility could speedily mount a formidable challenge in the field to a king.だそうですけど。


 あと、WW2のモンゴメリーが出てきたのがウォーゲーマー的には目を引きました。兵たちの士気の点では、戦場における指揮官の態度と戦闘前の軍への演説は重要な要素だっただろうという至極当然の指摘に続けて、現代の戦争でもこれは続いている。ウェリントン公は感情をあらわにすることを軽蔑していたかもしれないが、第二次世界大戦ではモンゴメリー将軍が中世の先例に続いた。モンゴメリーはspeaking with studied simplicityだそうですけど、ウェリントン公とモンゴメリーの演説を調べたくなりましたよ。薔薇戦争じゃないけど。


 とまあ、気になったところを挙げていくと次から次に出てくる本なのでした。The soldiers' experienceっていうサブタイトルに半ば騙されたけど、結果的に自分としては読んでみてよかったと思います。


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