2026年5月2日土曜日

共和国万歳! ダンケルクを救え Hondschoote 1793 (VV146) AAR Part4

 ●第2ターン (10:00) つづき

 仏軍左翼(マップ上方)のLeclaire隊が防御射撃を受けながらも敵戦列に押し寄せ、戦闘セグメント(segment de combat)となる。戦闘セグメントでは各ユニット、射撃(tir)か近接攻撃(assault)が行える。仏軍は左翼端で敵騎兵に対し騎兵2,歩兵1ユニットが近接攻撃をしかけた。圧倒的不利と見た連合軍騎兵は、戦闘前退却(retraite de cavalerie)を選択。だが士気チェックに失敗し、攻撃を避け後退したものの混乱状態となった。

 Leclaire隊主力は射撃で連合軍の歩兵1ユニットを混乱状態にし、そこに指揮官Leclaire自ら陣頭に立って歩兵2ユニットで攻撃。Les soldats de la Républiqueシリーズの近接攻撃では、戦力比、士気差、地形効果などからDRMを算出し、2D6で結果を出すのだが、DRM+3以上でないと不利な攻撃という印象だ。そしてこのLeclaireの攻撃は、戦力比でDRM+4,士気差で+1、さらに指揮官の戦闘ボーナス(Bonus tactique)で+1の計+7。守る連合軍は防御命令下なのでDRM-2、さらに攻撃ユニットは、3つある自分の前面へクスに攻撃していない敵ユニットがいると-2が課される。結果、DRMは+3となり、戦闘結果は両者1ユニットずつが混乱状態に。防御側の連合軍ユニットは先ほどの射撃で混乱状態だったため、混乱状態のレベル2となった。


 このシリーズではユニットの状態は正常状態(en bon ordre)、混乱状態レベル1(désorganisée de niveau 1)、混乱状態レベル2、敗走状態(en déroute)の4つの段階がある。混乱状態レベル1は士気が正常状態よりも低下するもののそれ以外には特に不利なことはない(レベル2になると攻防ともに不利なDRMがつく)。さらに活性化時に移動の前に回復を試みることができ、敵ZoCにいても不利なDRMはつくものの回復チェックは可能だ。戦闘結果によってはステップロスもありうるが、高DRMでの攻撃でないとそのような損害を与えることはできない。なので簡単には敵ユニットの壊滅には至らず、混乱状態になった自軍ユニットをうまく回復させつつ、敵には回復の余裕を与えないことが重要になってくる。


 仏軍中央は堡塁前面で待機、攻撃命令への変更に失敗して接敵できない右翼(マップ下方)Colaudはさらにマップ右方に展開し、敵の背後に回り込む動きを見せる。中央Jourdanとの間隙が空いてしまうが、兵力の限られている連合軍は打って出てはこないだろう。一方の連合軍は、中央のCochenhousen部隊から騎兵2ユニットを左右両翼の支援に派遣。仏軍の攻撃を受けた右翼(マップ上方)のDiepenbroikはジワリと下がりつつも戦線を維持、右翼(マップ下方)のHammersteinは敵に回り込まれないよう後退した。



●第3ターン (11:00)

 フランス軍右翼(マップ下方)Colaudは、このターンも総指揮官の指揮値を使ってやっと攻撃に命令変更が成功した。これでやっと接敵ができる。全力で前進するものの、ボカージュに阻まれて思うように進めず、騎兵だけがやっと敵にとりついた。対する連合軍左翼のHammersteinは砲撃を行うものの、効果なし。防御命令だと射撃・砲撃の際に+1DRMがつくが、砲兵は移動をすると牽引状態(artillerie attelée)となり、-2DRMとなる。牽引状態の解消には1ターン動かないでいることが必要で、前ターンに移動したHammersteinの砲兵はこの状態のままだったのである。

 フランス軍左翼のLeclaireは、前ターンの敵の射撃や戦闘によって3ユニットが混乱状態になっていたが、すべて正常状態に回復、全ユニットが突進する。連合軍の対応射撃で歩兵2ユニットが混乱状態になったが、そんなことでひるんでられるか。敵指揮官Diepenbroikとスタックしている歩兵に対し、3ユニットで攻撃する。押し寄せる敵の攻撃を支えることができずに連合軍は敗走してしまった。そしてマップ上端、連合軍の最右翼を守る騎兵を仏軍は攻撃したが、またも連合軍騎兵は戦闘前退却。だが士気チェックに失敗して混乱状態レベル2となった。

 連合軍右翼の指揮官Diepenbroikは声を張り上げ、我先に逃げる兵たちを押しとどめる。Les soldats de la Républiqueシリーズでは回復(ralliement)の際、指揮官とスタックしているとその士気ボーナスが有利なDRMになる。先ほどの攻撃で敗走状態になった歩兵は指揮官のおかげで回復に成功したのだ。もし失敗していたら自軍マップ端に向かって3ヘクスの敗走移動をしなければならず、そうなっていたらこの方面に大きな穴が開いていたところだったので、連合軍としては助かった。だが混乱状態レベル2の騎兵と歩兵でやっとの突破を防いでいる状態である。



(つづく)

2026年4月28日火曜日

共和国万歳! ダンケルクを救え Hondschoote 1793 (VV146) AAR Part3

 ●第2ターン (10:00)

 仏軍は右翼(マップ下方)のColaudの命令を移動から攻撃に変更しようとするも、総指揮官のボーナスもむなしく失敗。6分の5の確率で成功のはずだったのだが。このターンも右翼は攻撃ができないことになる。


 仏軍の総指揮官となっているHouchardは指揮値は1、士気ボーナス(Bonus de moral)はゼロとかなり能力が低い。Houchardは七年戦争からの長い軍歴があり、Hondschooteの戦いの前には仏軍のモーゼル方面軍の、この戦いのときには北方軍の司令官となっていたが、ヒストリカルノートにはLes historiens militaires s'accordent à reconnaître qu'il n'avait cependant pas les capacités pour exercer de telles fonctions.(しかしながら、軍事史家たちは彼がこのような任務に必要な能力を有していなかったということで意見が一致している)なんて書かれている。実際、例えばジョミニはフランス革命戦争について書いた『Histoire critique et militaire des guerres de la Révolution』の中で、Faux movement de Houchard(Houchardの誤った動き)なんて見出しを立ててたりする。Hondschooteでは勝利したものの敵を十分追撃しなかったことなどから、戦いの2か月後には革命裁判所で裁かれ断頭台送りとなっている。戦いに勝ってダンケルク解囲にも成功したのに処刑されるなんて、恐怖政治こえーよ。


 このゲームのフランス軍には総指揮官のHouchardのほかに派遣議員Levasseurも登場し、総指揮官とスタックしていると指揮値に+1が得られるので、無能なHouchardを補填するような存在になっている。派遣議員というのはフランス革命戦争中、国民公会がかなりの権限を持たせて軍隊などに派遣していたそうで、いろいろ作戦に口を出したり戦いに実際に加わったりしていたらしい。Levasseurもこの戦いの最中、仏軍の攻撃に参加して乗馬を撃ち殺されている。このゲームでは士気ボーナスは2で、Houchardよりも頼りになる感じである。


 前ターンに攻撃命令下になった仏軍左翼(マップ上方)のLeclaireの部隊が一斉に敵にとりつく。攻撃命令だと、敵に向かって全力で移動し、できる限り接敵しないといけないのだ(ただし部隊ごとに予備として指定できるユニット数が与えられており、予備は接敵義務が課されない)。だが守る連合軍の射撃を受け、一部が混乱状態(désorganisée)となった。


 Les soldats de la Républiqueシリーズでは敵が隣接へクスに移動してきた場合、歩兵や砲兵は対応射撃(tir de reaction)を行える(ただしすでに敵ZOCにいるユニットは対応射撃が行えない)。しかも射撃を行うユニットの部隊が防御命令下の場合、+1の有利なDRMがつく。待ち構えている敵に対して突進していくのはリスクがあるわけである。ただし砲兵と歩兵は別々に射撃をすることになるため、兵力が限られているこのゲームでは射撃の効果も低くせいぜい混乱状態になるぐらい。敵に向かって突進したはいいが強力な射撃を浴びて撃退された、という事態にはならない。射撃の結果、士気チェックとなっても仏軍歩兵の士気は8と高く、指揮官とスタックしていたらその士気ボーナスも得られるので士気チェックに耐えられる可能性は高い。先述のように敵ZoCにいるユニットは対応射撃ができないので、指揮官が先頭に立ってまず突っ込んで敵の射撃に耐えると、それに続く友軍は対応射撃を浴びなくていい場合も生じるのだ。革命精神に燃える仏軍兵士はガンガン突っ込んでいくべし、である。

 

(つづく)


2026年4月22日水曜日

共和国万歳! ダンケルクを救え Hondschoote 1793 (VV146) AAR Part2

  このゲーム、連合軍が勝利得点3を持っている状態でスタートする。仏軍が中央の堡塁やHondschooteの村を占領するごとに仏軍が勝利得点を獲得(連合軍の点が減少)する。また両軍とも敵に与えた損害1ステップごとに1点得られる(敵の得点が減る)。最終的にプラスになっている側が勝利だ。つまり、仏軍は積極的に攻撃して堡塁やHondschooteの奪取を目指すとともに、敵に自軍以上の損害を与えないといけない。


●第1ターン (9:00)

 フランス軍は左翼(マップ上方)Leclaireの部隊の命令を、攻撃(offensifs)に変更する。Les soldats de la République(共和国の兵士たち)シリーズでは、各部隊は与えられた命令(ordre)によってできることが変わってくる。命令には攻撃(Ordre offensive)、移動(Ordre de manœuvre)、防御(Ordre défensive)の三つがあり、各ターンの最初のほうで命令の変更を試みることができる。またこの3つの命令の他に、損害が蓄積したり敗走中のユニットが多いと部隊は士気喪失状態(État démoralisation)になる可能性があり、行動がかなり制限される。

 フランス軍は初期配置の状態では3部隊とも命令は移動、連合軍はすべて防御だ。移動命令だと移動力が+1となるが接敵ができないため、命令を攻撃に変更する必要がある。この命令変更は2D6で8以上を出せば成功なのだが、攻撃命令への変更は-1の不利な修正が付く。だが各部隊の指揮官の指揮値(valeur de commandement)の分、有利な修正が付き、さらに各ターンに一回だけ、総指揮官(général en chef)の指揮値も使うことができる。積極的に攻撃したいフランス軍は、最大兵力を擁する左翼(マップ上方)のLeclaireの命令を、総指揮官の指揮値も使って攻撃に変更した。だが右翼のColaudは攻撃への変更に失敗。このターンは接敵できないことになる。

 残る中央のJourdanは様子見だ。左右両翼で回り込みつつ攻撃して敵兵力を誘引、中央の防御が手薄になってから攻撃を開始する予定である。というか、Jourdanの部隊は兵力が豊富にあるわけではなく、敵がしっかり守っているところに正面攻撃をかけても損害を被るだけの可能性が高いのだ。


 Les soldats de la Républiqueシリーズでは各ターンの最初に両プレイヤーが2D6を振り、総指揮官の指揮値を加えた値を比べる。値が大きいほうがイニシアティブを得て、先に部隊を活性化するかどうか選べる。部隊の活性化は両軍が交替で行っていくのだが、パスはできない。このターン、イニシアティブを得ていた連合軍が先に動き、最右翼(マップ上方)に騎兵を展開、仏軍に回り込まれないようにする。その正面の仏軍左翼Leclaireが全力で前進するも、ボカージュに阻まれて騎兵以外は接敵できない。連合軍は左翼(マップ下方)が後退、Hondschooteの村と堡塁を中心に守りを固めていった。

 命令の変更に失敗した仏右翼(マップ下方)のColaudは接敵できないため、敵の背後に回り込むように移動する。そして仏軍中央のJourdanの部隊はじわりと前進。正面では堡塁(Redoute)に連合軍が砲兵と歩兵がスタックして守っており、うかつに攻撃できない。また、仏総指揮官Houchardは右翼Colaudに近づいておく。次ターンにはColaudの命令を攻撃に変更して攻撃をしかけたいのだが、部隊の指揮官が総指揮官から6へクス以内にいないと、命令変更の際に不利なサイの目修正を受けるのだ。離れたところにいる指揮官は総指揮官の指令がなかなか届かないってことですかね。


(つづく)


2026年4月17日金曜日

共和国万歳! ダンケルクを救え Hondschoote 1793 (VV146) AAR Part1

 

 もう今年の1月のことになるけど、VaeVictisから「Tigres & Lions」が出て、そういや同じLes soldats de la République(共和国の兵士たち)シリーズのVaeVictis146号「Hondschoote 1793」が手つかずだったな、と思い出して、ソロプレイしてみた。

 Les soldats de la Républiqueシリーズはその名のとおり、フランス革命戦争でナポレオンが活躍するちょい前、第一次対仏大同盟のころの戦いを扱っている。部隊ごとに活性化し移動・戦闘を行っていくという比較的シンプルなルールである。

 って言っても、フランス革命戦争って全然知らなくて、まあフランス革命戦争どころかナポレオン戦争の知識すらおぼつかないから当然なんだけど。そもそもHondshooteの戦いって読み方すらわからない。でもこんなときにも安心なのが、「祖国は危機にあり(La partie en danger)関連ブログ」。いやー、いつもありがたく参照させていただいています。Hondschooteについても詳細な記述があって助かりました。ほんと、日本語での資料って全然見つからないんだよね…。

 VaeVictisのヒストリカルノートも読んだんだけど、1793年のフランスは第一次対仏大同盟でヨーロッパのほとんどを敵に回しているうえ、ヴァンデ―の反乱が起こって踏んだり蹴ったりの状態。8月にはイギリスとハノーファーの連合軍を率いた英ヨーク公によってダンケルクが攻囲される。その救援に向かったフランス軍が、ダンケルク南東約20キロのところにある村Hondschooteで連合軍を攻撃した…というのがまあだいたいの状況らしい。両軍とも兵を分散していて、特に仏軍なんかはいろんなところに兵を派遣しなかったらHondshooteでもっと数的優勢となったのに、と指摘されている。Hondschoote周辺の戦いは9月6日から8日にかけて行われたが、このゲームは最後の8日、Hondschooteそのものをめぐっての戦闘を扱っている。時期的には、ナポレオンがトゥーロン攻囲戦で名をあげるちょっと前ですな。

 ちなみにこのHondschooteのハノーファー軍には若き日のシャルンホルストがいた。この戦いで連合軍が敗れ退却しなければならなくなった時に奮戦したそうで、ハノーファー軍の将軍はder Hauptmann Scharnhorst sei, ohne commandirt zu sei, aus eigenem Antriebe bei Hondschotten zurückgeblieben und dadurch dem ganzen Rückzuge nützlich geworden.(シャルンホルスト大尉は命令を受けることなく自らの判断でHondschooteにとどまり、全軍の退却を援護した)って報告しているそうだ。 

 初期配置は写真のとおり。両軍とも3つの部隊(formation)からなり、兵力的にはやや仏軍が優勢だ。マップ中央にHondschooteの村と2へクスの堡塁(redoute)があり、連合軍の防御拠点、それに仏軍にとっての勝利得点源となっている。またマップには森か林のように見える地形が中央左上から右下にかけて広がっているが、これはボカージュである。ボカージュって言ったらウォーゲーマー的にはノルマンディでD-Dayだけれども、デザイナーによるとこの地方のボカージュはノルマンディほど密ではなかったそうで、ゲームでは砲撃の際に視界をさえぎらないし、射撃に対する防御効果も低い。assaultとゲームでは呼ばれる接近戦では防御効果なしだ。これは、フランス軍は敵の防御射撃による損害のリスクを抑えつつ接近して攻撃できるから、というのがデザイナーの説明だ。ふーん。

 ちなみにles soldats de la Républiqueシリーズって言ったけど、このゲームが付いているVaeVictis146号にはこのシリーズの標準ルールではなく簡易ルールが載っている。でもVaeVictisのサイトのほうに標準ルールが公表されているので今回は標準ルールでやってみた。簡易ルールはシンプルすぎるし、標準ルールは「Tigers & Lions」とかシリーズの他のゲームともつながるからね。


(つづく)


2026年4月10日金曜日

南のノルマン・コンクエスト - 『The Normans in the South 1016-1130』

  11世紀のノルマン人って言ったら1066年のノルマン・コンクエスト思い浮かびますが、地中海のど真ん中でも派手な征服活動を繰り広げていますよね。「書泉と、10冊」で復刊した『ノルマン騎士の地中海興亡史』っていう分量的にも手軽な本があって、面白いのでみんな読んでね! でももう少し知りたいなと思って、『The Normans in the South 1016-1130』という本を読んでみました。11世紀初め、ノルマン人が南イタリアにやってきたころから、1130年のシチリア王国成立までの、ノルマン人の動きというか暴れ方を描いています。

 まー徒手空拳で南イタリアに乗り込んで、政治的に分裂状態だったのをいいことに暴れまくって領土を切り取っていきシチリア島も征服してしまうというある意味痛快な話なんですけど、一回の会戦で形勢がほぼ決まった1066年のノルマン・コンクエストとは対照的というか、さすがイタリアというか、教皇やらビザンツやらイスラムやら神聖ローマ帝国の皇帝やらいろんな勢力が入り混じっているだけでなく、各都市も全然言うことを聞かないんですよね。しかも少数であるノルマン人は団結していたのかと思いきや、初期のころはSelf-interest was the first considerationだそうだし。ただThe Normans had in fact already mastered the art of being on the winning side, cashing in on all victories and somehow avoiding involvement in all defeats.で、in any battle in which Normans had fought on both sides it had already become the regular practice for those on the winning side to seek clemency for their less fortunate compatriots.だったそうです。でもね、傭兵状態を抜け出して南伊で勢力を確立していってもworse than the Saracens, who at least confined themselves to isolated raids, while the Normans kept up an unrelenting pressure on all who were weaker than themselves.とか、Norman barons - always more trouble than Greeks and Saracens put togetherとか、まあやっかいな感じなんですよね。南伊の分裂状態やノルマン人の身勝手さを考えると、ロベール・ギスカールやロジェールが優れた統率者だったんだなってのが逆によくわかりました。

 あとね、そういう荒くれのノルマン人たちを率いなければならなかったからこそ、ロジェールはknew that he could win the support of his Norman barons only by presenting them with an unexceptionable, legally-constituted monarchy as it was understood in the Westと、王位を教皇に求めたわけだし、ノルマン人についてTo a people so conscious of due form and legality, such an advance in status was inestimable significance.って書かれていたのもなんだか納得しました。The right of feud was abolished from above ... - an achievement at that time unparalleled in Europe outside England and Normandy.ってのも、強権という面だけでなく、そうしないとあっという間に仲間内でケンカし始めたんだろうなって思います。

 意外だったのが、ノルマン人ってヴァイキングの末裔っていうイメージがあったんだけど海戦の能力が南伊初期はかなり低かったということ。A curious aspect of their forebears' transformation ... from Vikings to Frenchmen was the speed with which they had blotted out their Scandinavian maritime traditions. Even in Normandy they seem to have shown little awareness of the potentialities of a strong navy; those who had come to settle in Italy had all arrived on foot or on horsebackだそうです。でも、シチリア侵攻の際にロベールとロジェールはすぐに海軍の重要性を理解したそうですが。 海軍と言えば、ノルマン人はビザンツから馬の海上輸送方法を学び、1066年のノルマン・コンクエストの際にはシチリアからの騎士が参加していてその技術が役立ったとか。へ~。

 それと、ロベール・ギスカールの奥さんSichelgaitaも気丈な女性だったようで、A woman of immense build and colossal physical strength, she was to prove a perfect wife for Robert, and from the day of their wedding to that of his death she scarcely ever left her husband's side - least of all in battle, one of her favourite occupations.だったとか。戦いの最中にノルマン軍が敗走し始めたときには「どこまで逃げる気だ?」って槍を手に馬を駆って逃げる兵たちを追いかけた、ってアンナ・コムネナが書き残しているそうです。こえーよ。

 まあほかにも、モンテ・カッシーノ修道院やら教皇やらがもう臆面もなくコロコロ立場を変えたりとか、シチリアがアラブ人の征服後に栄えていたところに、ロジェールがイスラム教徒を保護し政治・軍事の両面で重用したってのもよくわかりました。『ノルマン騎士の地中海興亡史』が面白いと思った人にはお勧めです。

2026年4月5日日曜日

モスクワは燃えているか?- クリミア・ハン国のロシア侵攻 Molodi 1572 (VV184) AAR Part4

 ●第4ターン(1571年6月)

 前ターンに要塞を陥落させたタタール軍主力が、マップ中央のツーラを強襲。消耗で軽騎兵2ユニットが消えたが、守備隊が銃兵1ユニットしかいないツーラをあっさりと陥落させた。これでタタール軍の勝利得点は8に。かたやロシア軍はいまだゼロだ。


 ロシア軍はこのターンもモスクワに増援が4ユニット登場。全兵力でもってツーラの敵主力と勝負と思いきや、増援の指揮官は移動力3で、河川と森林に阻まれツーラに届かない。ツーラを攻撃できる位置にいる2個軍は計9ユニット。この兵力でツーラのタタール軍12ユニットに会戦を挑むのは無謀だ。前ターンのタタール軍の要塞攻撃で5ユニットが失われたところに、同盟勢力の離脱が生じたのが痛い。ロシア軍は今ターンの増援を含め、ツーラ前面に全兵力を集結させた。

「あれ、ツーラの右隣りにいるDvelerを攻撃しないの? 5ユニットしかいないよ。勝てるでしょ」

「ふん、そんな口車には乗りませんよ。餌につられて攻撃してきたうちの軍勢を、次のターンに主力で襲いかかろうってつもりでしょ?」



●第5ターン(1571年7月)

 最終ターンである。全軍集結したロシア軍の攻撃を受けたつか、と思いきや、タタール軍主力は右方に転進して防備が手薄なリャザンを屠った。

「大会戦をやってみたほうが面白いってのはわかるけどさ、こっちは無理に戦う必要ないんだよね。やっぱり遊牧民ってさ、正面からのガチンコのぶつかり合いは避けて、敵の弱いところを突くもんだろ」

「いやいや、わかってたけどさ。最後に一勝負してくれてもよかったんじゃない?」

 このゲーム、両プレイヤーともに最終的に獲得した勝利得点によって勝利レベルが決まり、レベルが高いほうが勝ちとなる。勝利得点が11~14、15~19、20以上とレベル分けされていて、タタール軍はすでに8点を得ている。それだけでなく、ゲーム終了時に同盟勢力を自陣営に保っていると、主要、中小それぞれの同盟勢力につき4得点を得られる。ロシア軍も保持しているレベル3の要塞ごとに1点得られるが、勝利レベルでタタール軍が上になるのは明らかなのである。でも最後に会戦ぐらいやってもよかったんじゃないかなあ。

(ガチンコでぶつかれば、こんな感じ↑の会戦が行われたかもしれない)


 決戦だと勢い込んでいたものの軽くいなされたモスクワ大公国軍は、ツーラを奪還し敵の同盟勢力を動揺させた。だがタタール軍の同盟勢力は陣営離脱には至らず、ここでゲームが終了、タタール軍の勝利となった。




 モスクワ大公国は、初っ端に要塞を落とされ同盟勢力が動揺したことにプレイヤー自身が動揺してしまい、終始タタール軍に主導権を握られたのが痛かった。デザイナーズノートには、ロシア軍は兵力を集結させないといけないと書いてあるのにね。ただ第3ターンにタタール軍が二つ目の要塞を落としてロシア軍の同盟勢力を中立化させたが、ラウンド数が少なかったり砲撃のサイの目にツキが無かったりすると、時間切れとなって攻略に失敗していた可能性が高い。そうなっていたらロシア軍はもっと余裕をもって対応できたはず。それに安易に要塞に兵を籠らせて機動的な対応ができなくなるよりは、要塞を落とされるリスクを冒してでも軍を自由に動かせる状態にしておいたほうがよかったのかもしれない。

 ただ史実でもタタール軍はモスクワまで攻め込んで街を焼き払っているため、この1571年シナリオでモスクワ大公国が不利になるのは仕方がないのだろう。1572年シナリオは増援が多いうえ、第1ターンにタタール軍はChambouliしか登場しない。そのためロシア軍アh余裕をもって敵に対応することができる。また焦土(Brûler la steppe)によってタタール軍に消耗を強いることもできるので、もっといい勝負になるんじゃないかと思う。デザイナーズノートでは両シナリオをプレイして勝利得点は2つのシナリオ終了時に集計することを勧めているし。

 1571-1572年のクリミア・ハン国の侵攻を扱ったゲームって多分ほかにないと思うので、そういう意味でもこのあたりの歴史に興味がある人だったらプレイしてみてもいいんじゃないかな。

2026年4月2日木曜日

モスクワは燃えているか?- クリミア・ハン国のロシア侵攻 Molodi 1572 (VV184) AAR Part3

●第3ターン(1571年5月)つづき

 タタール軍は砲兵を含め計14ユニットの大兵力でOdoev要塞を強襲。L'or et l'acierシリーズでは移動の後に消耗チェックがあり、兵力が大きかったり森林や山地を移動すると不利な修正を受ける。このTereberdeyの大部隊も消耗で1ユニットが溶けていったが、この大兵力にはかすり傷である。一方のモスクワ大公国軍の守備隊は5ユニット。これだけの兵力があれば敵が大軍であったとしても数ラウンドは耐えられる、と考えていたのだが、タタール軍の砲兵が気を吐き、要塞レベルをすぐにゼロにしてしまった。毎ラウンド2分の1の確率で要塞レベルを1下げられるのだが、続けざまに成功したわけである。砲撃によって城壁が崩され、タタール兵が城内になだれ込む。こうなっては大兵力にかなうわけもなく、ロシア軍守備隊は全滅してしまった。結果、ロシア軍の同盟勢力が第1ターンに続き動揺する。

「げ、同盟勢力が中立になっちゃった?!」

 モスクワ大公国の主要同盟勢力であるコサックは兵力の半数が、中小同盟勢力のカザン・ハーン軍は全兵力がこのターンの終了時に戦場を去っていった。次ターンにはコサックの残りの兵も消えてしまう。

 だがこのターン、ロシア軍にはBelsky率いる5ユニットの増援がモスクワに登場する。マップ右方のリャザン、それに中央のツーラで守備隊となっている部隊とあわせて、圧倒的兵力でもってマップ右方で孤立している敵Devler一世の5ユニットを集中攻撃だ。

 L'or et l'acierシリーズの戦闘では、両軍どちらかが10ステップ未満の場合は小戦闘(bataille mineure)となり、戦力比を決めて1D6振るだけなのだが、両軍ともに10ステップ以上の場合は会戦(bataille majeure)となる。会戦になると作戦マップ(carte tactique)上で中央、両翼などに兵を展開して戦闘を解決していく。L'or et l'acierシリーズの特徴の一つで結構盛り上がるだけでなく、このゲームでは会戦に負けると自軍同盟勢力が動揺してしまうのだ。

「Devlerを三方から囲んで袋叩きだ!  ねえねえ、なんか名将の采配って感じ? トラップにはまっちゃった気分はどう?」

と調子に乗るロシア軍プレイヤーだが、

「いや、守備隊になっている2部隊両方ともDevlerのところまでたどり着けないだろ」


 L'or et l'acierシリーズでは守備隊(garnison)が移動できるように軍(armée)になる際、2移動力を消費する。そして森林エリアへの侵入には2移動力が必要だ。マップ右方の少し離れたリャザンにいるTcherkasskyは移動力4,Devlerの左隣のエリアにいるYakovlevは移動力3なので、両部隊ともDevlerのいる森林エリアに侵入するには移動力が足りない。ちなみにこのシナリオに登場するタタール軍指揮官はすべて移動力4である。

「マジかよ~。こんなことになるんだったら守備隊にして要塞に籠らせるんじゃなかったよ…」


 モスクワに登場した増援の5ユニットだけではDevlerに会戦を挑むのはリスクが高い。ロシア軍は残存兵力の集結を目指すことにした。もうこうなったら一か八か会戦を挑むしかないだろう。勝てば敵の同盟勢力が動揺する。そしてその余勢を駆って要塞を奪還するのだ。中央のツーラの防備が手薄になるが仕方がない。肉を切らせて骨を断つ、だ。

(つづく)

共和国万歳! ダンケルクを救え Hondschoote 1793 (VV146) AAR Part4

 ●第2ターン (10:00) つづき  仏軍左翼(マップ上方)のLeclaire隊が防御射撃を受けながらも敵戦列に押し寄せ、戦闘セグメント(segment de combat)となる。戦闘セグメントでは各ユニット、射撃(tir)か近接攻撃(assault)が行える。仏軍は左翼端...