2026年4月28日火曜日

共和国万歳! ダンケルクを救え Hondschoote 1793 (VV146) AAR Part3

 ●第2ターン (10:00)

 仏軍は右翼(マップ下方)のColaudの命令を移動から攻撃に変更しようとするも、総指揮官のボーナスもむなしく失敗。6分の5の確率で成功のはずだったのだが。このターンも右翼は攻撃ができないことになる。


 仏軍の総指揮官となっているHouchardは指揮値は1、士気ボーナス(Bonus de moral)はゼロとかなり能力が低い。Houchardは七年戦争からの長い軍歴があり、Hondschooteの戦いの前には仏軍のモーゼル方面軍の、この戦いのときには北方軍の司令官となっていたが、ヒストリカルノートにはLes historiens militaires s'accordent à reconnaître qu'il n'avait cependant pas les capacités pour exercer de telles fonctions.(しかしながら、軍事史家たちは彼がこのような任務に必要な能力を有していなかったということで意見が一致している)なんて書かれている。実際、例えばジョミニはフランス革命戦争について書いた『Histoire critique et militaire des guerres de la Révolution』の中で、Faux movement de Houchard(Houchardの誤った動き)なんて見出しを立ててたりする。Hondschooteでは勝利したものの敵を十分追撃しなかったことなどから、戦いの2か月後には革命裁判所で裁かれ断頭台送りとなっている。戦いに勝ってダンケルク解囲にも成功したのに処刑されるなんて、恐怖政治こえーよ。


 このゲームのフランス軍には総指揮官のHouchardのほかに派遣議員Levasseurも登場し、総指揮官とスタックしていると指揮値に+1が得られるので、無能なHouchardを補填するような存在になっている。派遣議員というのはフランス革命戦争中、国民公会がかなりの権限を持たせて軍隊などに派遣していたそうで、いろいろ作戦に口を出したり戦いに実際に加わったりしていたらしい。Levasseurもこの戦いの最中、仏軍の攻撃に参加して乗馬を撃ち殺されている。このゲームでは士気ボーナスは2で、Houchardよりも頼りになる感じである。


 前ターンに攻撃命令下になった仏軍左翼(マップ上方)のLeclaireの部隊が一斉に敵にとりつく。攻撃命令だと、敵に向かって全力で移動し、できる限り接敵しないといけないのだ(ただし部隊ごとに予備として指定できるユニット数が与えられており、予備は接敵義務が課されない)。だが守る連合軍の射撃を受け、一部が混乱状態(désorganisée)となった。


 Les soldats de la Républiqueシリーズでは敵が隣接へクスに移動してきた場合、歩兵や砲兵は対応射撃(tir de reaction)を行える(ただしすでに敵ZOCにいるユニットは対応射撃が行えない)。しかも射撃を行うユニットの部隊が防御命令下の場合、+1の有利なDRMがつく。待ち構えている敵に対して突進していくのはリスクがあるわけである。ただし砲兵と歩兵は別々に射撃をすることになるため、兵力が限られているこのゲームでは射撃の効果も低くせいぜい混乱状態になるぐらい。敵に向かって突進したはいいが強力な射撃を浴びて撃退された、という事態にはならない。射撃の結果、士気チェックとなっても仏軍歩兵の士気は8と高く、指揮官とスタックしていたらその士気ボーナスも得られるので士気チェックに耐えられる可能性は高い。先述のように敵ZoCにいるユニットは対応射撃ができないので、指揮官が先頭に立ってまず突っ込んで敵の射撃に耐えると、それに続く友軍は対応射撃を浴びなくていい場合も生じるのだ。革命精神に燃える仏軍兵士はガンガン突っ込んでいくべし、である。

 

(つづく)


2026年4月22日水曜日

共和国万歳! ダンケルクを救え Hondschoote 1793 (VV146) AAR Part2

  このゲーム、連合軍が勝利得点3を持っている状態でスタートする。仏軍が中央の堡塁やHondschooteの村を占領するごとに仏軍が勝利得点を獲得(連合軍の点が減少)する。また両軍とも敵に与えた損害1ステップごとに1点得られる(敵の得点が減る)。最終的にプラスになっている側が勝利だ。つまり、仏軍は積極的に攻撃して堡塁やHondschooteの奪取を目指すとともに、敵に自軍以上の損害を与えないといけない。


●第1ターン (9:00)

 フランス軍は左翼(マップ上方)Leclaireの部隊の命令を、攻撃(offensifs)に変更する。Les soldats de la République(共和国の兵士たち)シリーズでは、各部隊は与えられた命令(ordre)によってできることが変わってくる。命令には攻撃(Ordre offensive)、移動(Ordre de manœuvre)、防御(Ordre défensive)の三つがあり、各ターンの最初のほうで命令の変更を試みることができる。またこの3つの命令の他に、損害が蓄積したり敗走中のユニットが多いと部隊は士気喪失状態(État démoralisation)になる可能性があり、行動がかなり制限される。

 フランス軍は初期配置の状態では3部隊とも命令は移動、連合軍はすべて防御だ。移動命令だと移動力が+1となるが接敵ができないため、命令を攻撃に変更する必要がある。この命令変更は2D6で8以上を出せば成功なのだが、攻撃命令への変更は-1の不利な修正が付く。だが各部隊の指揮官の指揮値(valeur de commandement)の分、有利な修正が付き、さらに各ターンに一回だけ、総指揮官(général en chef)の指揮値も使うことができる。積極的に攻撃したいフランス軍は、最大兵力を擁する左翼(マップ上方)のLeclaireの命令を、総指揮官の指揮値も使って攻撃に変更した。だが右翼のColaudは攻撃への変更に失敗。このターンは接敵できないことになる。

 残る中央のJourdanは様子見だ。左右両翼で回り込みつつ攻撃して敵兵力を誘引、中央の防御が手薄になってから攻撃を開始する予定である。というか、Jourdanの部隊は兵力が豊富にあるわけではなく、敵がしっかり守っているところに正面攻撃をかけても損害を被るだけの可能性が高いのだ。


 Les soldats de la Républiqueシリーズでは各ターンの最初に両プレイヤーが2D6を振り、総指揮官の指揮値を加えた値を比べる。値が大きいほうがイニシアティブを得て、先に部隊を活性化するかどうか選べる。部隊の活性化は両軍が交替で行っていくのだが、パスはできない。このターン、イニシアティブを得ていた連合軍が先に動き、最右翼(マップ上方)に騎兵を展開、仏軍に回り込まれないようにする。その正面の仏軍左翼Leclaireが全力で前進するも、ボカージュに阻まれて騎兵以外は接敵できない。連合軍は左翼(マップ下方)が後退、Hondschooteの村と堡塁を中心に守りを固めていった。

 命令の変更に失敗した仏右翼(マップ下方)のColaudは接敵できないため、敵の背後に回り込むように移動する。そして仏軍中央のJourdanの部隊はじわりと前進。正面では堡塁(Redoute)に連合軍が砲兵と歩兵がスタックして守っており、うかつに攻撃できない。また、仏総指揮官Houchardは右翼Colaudに近づいておく。次ターンにはColaudの命令を攻撃に変更して攻撃をしかけたいのだが、部隊の指揮官が総指揮官から6へクス以内にいないと、命令変更の際に不利なサイの目修正を受けるのだ。離れたところにいる指揮官は総指揮官の指令がなかなか届かないってことですかね。


(つづく)


2026年4月17日金曜日

共和国万歳! ダンケルクを救え Hondschoote 1793 (VV146) AAR Part1

 

 もう今年の1月のことになるけど、VaeVictisから「Tigres & Lions」が出て、そういや同じLes soldats de la République(共和国の兵士たち)シリーズのVaeVictis146号「Hondschoote 1793」が手つかずだったな、と思い出して、ソロプレイしてみた。

 Les soldats de la Républiqueシリーズはその名のとおり、フランス革命戦争でナポレオンが活躍するちょい前、第一次対仏大同盟のころの戦いを扱っている。部隊ごとに活性化し移動・戦闘を行っていくという比較的シンプルなルールである。

 って言っても、フランス革命戦争って全然知らなくて、まあフランス革命戦争どころかナポレオン戦争の知識すらおぼつかないから当然なんだけど。そもそもHondshooteの戦いって読み方すらわからない。でもこんなときにも安心なのが、「祖国は危機にあり(La partie en danger)関連ブログ」。いやー、いつもありがたく参照させていただいています。Hondschooteについても詳細な記述があって助かりました。ほんと、日本語での資料って全然見つからないんだよね…。

 VaeVictisのヒストリカルノートも読んだんだけど、1793年のフランスは第一次対仏大同盟でヨーロッパのほとんどを敵に回しているうえ、ヴァンデ―の反乱が起こって踏んだり蹴ったりの状態。8月にはイギリスとハノーファーの連合軍を率いた英ヨーク公によってダンケルクが攻囲される。その救援に向かったフランス軍が、ダンケルク南東約20キロのところにある村Hondschooteで連合軍を攻撃した…というのがまあだいたいの状況らしい。両軍とも兵を分散していて、特に仏軍なんかはいろんなところに兵を派遣しなかったらHondshooteでもっと数的優勢となったのに、と指摘されている。Hondschoote周辺の戦いは9月6日から8日にかけて行われたが、このゲームは最後の8日、Hondschooteそのものをめぐっての戦闘を扱っている。時期的には、ナポレオンがトゥーロン攻囲戦で名をあげるちょっと前ですな。

 ちなみにこのHondschooteのハノーファー軍には若き日のシャルンホルストがいた。この戦いで連合軍が敗れ退却しなければならなくなった時に奮戦したそうで、ハノーファー軍の将軍はder Hauptmann Scharnhorst sei, ohne commandirt zu sei, aus eigenem Antriebe bei Hondschotten zurückgeblieben und dadurch dem ganzen Rückzuge nützlich geworden.(シャルンホルスト大尉は命令を受けることなく自らの判断でHondschooteにとどまり、全軍の退却を援護した)って報告しているそうだ。 

 初期配置は写真のとおり。両軍とも3つの部隊(formation)からなり、兵力的にはやや仏軍が優勢だ。マップ中央にHondschooteの村と2へクスの堡塁(redoute)があり、連合軍の防御拠点、それに仏軍にとっての勝利得点源となっている。またマップには森か林のように見える地形が中央左上から右下にかけて広がっているが、これはボカージュである。ボカージュって言ったらウォーゲーマー的にはノルマンディでD-Dayだけれども、デザイナーによるとこの地方のボカージュはノルマンディほど密ではなかったそうで、ゲームでは砲撃の際に視界をさえぎらないし、射撃に対する防御効果も低い。assaultとゲームでは呼ばれる接近戦では防御効果なしだ。これは、フランス軍は敵の防御射撃による損害のリスクを抑えつつ接近して攻撃できるから、というのがデザイナーの説明だ。ふーん。

 ちなみにles soldats de la Républiqueシリーズって言ったけど、このゲームが付いているVaeVictis146号にはこのシリーズの標準ルールではなく簡易ルールが載っている。でもVaeVictisのサイトのほうに標準ルールが公表されているので今回は標準ルールでやってみた。簡易ルールはシンプルすぎるし、標準ルールは「Tigers & Lions」とかシリーズの他のゲームともつながるからね。


(つづく)


2026年4月10日金曜日

南のノルマン・コンクエスト - 『The Normans in the South 1016-1130』

  11世紀のノルマン人って言ったら1066年のノルマン・コンクエスト思い浮かびますが、地中海のど真ん中でも派手な征服活動を繰り広げていますよね。「書泉と、10冊」で復刊した『ノルマン騎士の地中海興亡史』っていう分量的にも手軽な本があって、面白いのでみんな読んでね! でももう少し知りたいなと思って、『The Normans in the South 1016-1130』という本を読んでみました。11世紀初め、ノルマン人が南イタリアにやってきたころから、1130年のシチリア王国成立までの、ノルマン人の動きというか暴れ方を描いています。

 まー徒手空拳で南イタリアに乗り込んで、政治的に分裂状態だったのをいいことに暴れまくって領土を切り取っていきシチリア島も征服してしまうというある意味痛快な話なんですけど、一回の会戦で形勢がほぼ決まった1066年のノルマン・コンクエストとは対照的というか、さすがイタリアというか、教皇やらビザンツやらイスラムやら神聖ローマ帝国の皇帝やらいろんな勢力が入り混じっているだけでなく、各都市も全然言うことを聞かないんですよね。しかも少数であるノルマン人は団結していたのかと思いきや、初期のころはSelf-interest was the first considerationだそうだし。ただThe Normans had in fact already mastered the art of being on the winning side, cashing in on all victories and somehow avoiding involvement in all defeats.で、in any battle in which Normans had fought on both sides it had already become the regular practice for those on the winning side to seek clemency for their less fortunate compatriots.だったそうです。でもね、傭兵状態を抜け出して南伊で勢力を確立していってもworse than the Saracens, who at least confined themselves to isolated raids, while the Normans kept up an unrelenting pressure on all who were weaker than themselves.とか、Norman barons - always more trouble than Greeks and Saracens put togetherとか、まあやっかいな感じなんですよね。南伊の分裂状態やノルマン人の身勝手さを考えると、ロベール・ギスカールやロジェールが優れた統率者だったんだなってのが逆によくわかりました。

 あとね、そういう荒くれのノルマン人たちを率いなければならなかったからこそ、ロジェールはknew that he could win the support of his Norman barons only by presenting them with an unexceptionable, legally-constituted monarchy as it was understood in the Westと、王位を教皇に求めたわけだし、ノルマン人についてTo a people so conscious of due form and legality, such an advance in status was inestimable significance.って書かれていたのもなんだか納得しました。The right of feud was abolished from above ... - an achievement at that time unparalleled in Europe outside England and Normandy.ってのも、強権という面だけでなく、そうしないとあっという間に仲間内でケンカし始めたんだろうなって思います。

 意外だったのが、ノルマン人ってヴァイキングの末裔っていうイメージがあったんだけど海戦の能力が南伊初期はかなり低かったということ。A curious aspect of their forebears' transformation ... from Vikings to Frenchmen was the speed with which they had blotted out their Scandinavian maritime traditions. Even in Normandy they seem to have shown little awareness of the potentialities of a strong navy; those who had come to settle in Italy had all arrived on foot or on horsebackだそうです。でも、シチリア侵攻の際にロベールとロジェールはすぐに海軍の重要性を理解したそうですが。 海軍と言えば、ノルマン人はビザンツから馬の海上輸送方法を学び、1066年のノルマン・コンクエストの際にはシチリアからの騎士が参加していてその技術が役立ったとか。へ~。

 それと、ロベール・ギスカールの奥さんSichelgaitaも気丈な女性だったようで、A woman of immense build and colossal physical strength, she was to prove a perfect wife for Robert, and from the day of their wedding to that of his death she scarcely ever left her husband's side - least of all in battle, one of her favourite occupations.だったとか。戦いの最中にノルマン軍が敗走し始めたときには「どこまで逃げる気だ?」って槍を手に馬を駆って逃げる兵たちを追いかけた、ってアンナ・コムネナが書き残しているそうです。こえーよ。

 まあほかにも、モンテ・カッシーノ修道院やら教皇やらがもう臆面もなくコロコロ立場を変えたりとか、シチリアがアラブ人の征服後に栄えていたところに、ロジェールがイスラム教徒を保護し政治・軍事の両面で重用したってのもよくわかりました。『ノルマン騎士の地中海興亡史』が面白いと思った人にはお勧めです。

2026年4月5日日曜日

モスクワは燃えているか?- クリミア・ハン国のロシア侵攻 Molodi 1572 (VV184) AAR Part4

 ●第4ターン(1571年6月)

 前ターンに要塞を陥落させたタタール軍主力が、マップ中央のツーラを強襲。消耗で軽騎兵2ユニットが消えたが、守備隊が銃兵1ユニットしかいないツーラをあっさりと陥落させた。これでタタール軍の勝利得点は8に。かたやロシア軍はいまだゼロだ。


 ロシア軍はこのターンもモスクワに増援が4ユニット登場。全兵力でもってツーラの敵主力と勝負と思いきや、増援の指揮官は移動力3で、河川と森林に阻まれツーラに届かない。ツーラを攻撃できる位置にいる2個軍は計9ユニット。この兵力でツーラのタタール軍12ユニットに会戦を挑むのは無謀だ。前ターンのタタール軍の要塞攻撃で5ユニットが失われたところに、同盟勢力の離脱が生じたのが痛い。ロシア軍は今ターンの増援を含め、ツーラ前面に全兵力を集結させた。

「あれ、ツーラの右隣りにいるDvelerを攻撃しないの? 5ユニットしかいないよ。勝てるでしょ」

「ふん、そんな口車には乗りませんよ。餌につられて攻撃してきたうちの軍勢を、次のターンに主力で襲いかかろうってつもりでしょ?」



●第5ターン(1571年7月)

 最終ターンである。全軍集結したロシア軍の攻撃を受けたつか、と思いきや、タタール軍主力は右方に転進して防備が手薄なリャザンを屠った。

「大会戦をやってみたほうが面白いってのはわかるけどさ、こっちは無理に戦う必要ないんだよね。やっぱり遊牧民ってさ、正面からのガチンコのぶつかり合いは避けて、敵の弱いところを突くもんだろ」

「いやいや、わかってたけどさ。最後に一勝負してくれてもよかったんじゃない?」

 このゲーム、両プレイヤーともに最終的に獲得した勝利得点によって勝利レベルが決まり、レベルが高いほうが勝ちとなる。勝利得点が11~14、15~19、20以上とレベル分けされていて、タタール軍はすでに8点を得ている。それだけでなく、ゲーム終了時に同盟勢力を自陣営に保っていると、主要、中小それぞれの同盟勢力につき4得点を得られる。ロシア軍も保持しているレベル3の要塞ごとに1点得られるが、勝利レベルでタタール軍が上になるのは明らかなのである。でも最後に会戦ぐらいやってもよかったんじゃないかなあ。

(ガチンコでぶつかれば、こんな感じ↑の会戦が行われたかもしれない)


 決戦だと勢い込んでいたものの軽くいなされたモスクワ大公国軍は、ツーラを奪還し敵の同盟勢力を動揺させた。だがタタール軍の同盟勢力は陣営離脱には至らず、ここでゲームが終了、タタール軍の勝利となった。




 モスクワ大公国は、初っ端に要塞を落とされ同盟勢力が動揺したことにプレイヤー自身が動揺してしまい、終始タタール軍に主導権を握られたのが痛かった。デザイナーズノートには、ロシア軍は兵力を集結させないといけないと書いてあるのにね。ただ第3ターンにタタール軍が二つ目の要塞を落としてロシア軍の同盟勢力を中立化させたが、ラウンド数が少なかったり砲撃のサイの目にツキが無かったりすると、時間切れとなって攻略に失敗していた可能性が高い。そうなっていたらロシア軍はもっと余裕をもって対応できたはず。それに安易に要塞に兵を籠らせて機動的な対応ができなくなるよりは、要塞を落とされるリスクを冒してでも軍を自由に動かせる状態にしておいたほうがよかったのかもしれない。

 ただ史実でもタタール軍はモスクワまで攻め込んで街を焼き払っているため、この1571年シナリオでモスクワ大公国が不利になるのは仕方がないのだろう。1572年シナリオは増援が多いうえ、第1ターンにタタール軍はChambouliしか登場しない。そのためロシア軍アh余裕をもって敵に対応することができる。また焦土(Brûler la steppe)によってタタール軍に消耗を強いることもできるので、もっといい勝負になるんじゃないかと思う。デザイナーズノートでは両シナリオをプレイして勝利得点は2つのシナリオ終了時に集計することを勧めているし。

 1571-1572年のクリミア・ハン国の侵攻を扱ったゲームって多分ほかにないと思うので、そういう意味でもこのあたりの歴史に興味がある人だったらプレイしてみてもいいんじゃないかな。

2026年4月2日木曜日

モスクワは燃えているか?- クリミア・ハン国のロシア侵攻 Molodi 1572 (VV184) AAR Part3

●第3ターン(1571年5月)つづき

 タタール軍は砲兵を含め計14ユニットの大兵力でOdoev要塞を強襲。L'or et l'acierシリーズでは移動の後に消耗チェックがあり、兵力が大きかったり森林や山地を移動すると不利な修正を受ける。このTereberdeyの大部隊も消耗で1ユニットが溶けていったが、この大兵力にはかすり傷である。一方のモスクワ大公国軍の守備隊は5ユニット。これだけの兵力があれば敵が大軍であったとしても数ラウンドは耐えられる、と考えていたのだが、タタール軍の砲兵が気を吐き、要塞レベルをすぐにゼロにしてしまった。毎ラウンド2分の1の確率で要塞レベルを1下げられるのだが、続けざまに成功したわけである。砲撃によって城壁が崩され、タタール兵が城内になだれ込む。こうなっては大兵力にかなうわけもなく、ロシア軍守備隊は全滅してしまった。結果、ロシア軍の同盟勢力が第1ターンに続き動揺する。

「げ、同盟勢力が中立になっちゃった?!」

 モスクワ大公国の主要同盟勢力であるコサックは兵力の半数が、中小同盟勢力のカザン・ハーン軍は全兵力がこのターンの終了時に戦場を去っていった。次ターンにはコサックの残りの兵も消えてしまう。

 だがこのターン、ロシア軍にはBelsky率いる5ユニットの増援がモスクワに登場する。マップ右方のリャザン、それに中央のツーラで守備隊となっている部隊とあわせて、圧倒的兵力でもってマップ右方で孤立している敵Devler一世の5ユニットを集中攻撃だ。

 L'or et l'acierシリーズの戦闘では、両軍どちらかが10ステップ未満の場合は小戦闘(bataille mineure)となり、戦力比を決めて1D6振るだけなのだが、両軍ともに10ステップ以上の場合は会戦(bataille majeure)となる。会戦になると作戦マップ(carte tactique)上で中央、両翼などに兵を展開して戦闘を解決していく。L'or et l'acierシリーズの特徴の一つで結構盛り上がるだけでなく、このゲームでは会戦に負けると自軍同盟勢力が動揺してしまうのだ。

「Devlerを三方から囲んで袋叩きだ!  ねえねえ、なんか名将の采配って感じ? トラップにはまっちゃった気分はどう?」

と調子に乗るロシア軍プレイヤーだが、

「いや、守備隊になっている2部隊両方ともDevlerのところまでたどり着けないだろ」


 L'or et l'acierシリーズでは守備隊(garnison)が移動できるように軍(armée)になる際、2移動力を消費する。そして森林エリアへの侵入には2移動力が必要だ。マップ右方の少し離れたリャザンにいるTcherkasskyは移動力4,Devlerの左隣のエリアにいるYakovlevは移動力3なので、両部隊ともDevlerのいる森林エリアに侵入するには移動力が足りない。ちなみにこのシナリオに登場するタタール軍指揮官はすべて移動力4である。

「マジかよ~。こんなことになるんだったら守備隊にして要塞に籠らせるんじゃなかったよ…」


 モスクワに登場した増援の5ユニットだけではDevlerに会戦を挑むのはリスクが高い。ロシア軍は残存兵力の集結を目指すことにした。もうこうなったら一か八か会戦を挑むしかないだろう。勝てば敵の同盟勢力が動揺する。そしてその余勢を駆って要塞を奪還するのだ。中央のツーラの防備が手薄になるが仕方がない。肉を切らせて骨を断つ、だ。

(つづく)

2026年3月27日金曜日

モスクワは燃えているか?- クリミア・ハン国のロシア侵攻 Molodi 1572 (VV184) AAR Part2

 ●第1ターン(1571年3月)つづき

 タタール軍によっていきなり要塞を落とされたロシア軍。要塞陥落による同盟勢力の離反を防ぐために、マップ右方のリャザンにTcherkasskyの部隊を派遣。ロシア軍のほとんどの要塞はタタール軍の通過を防ぐ防衛線の北にあるが、リャザンは南に位置するため、次ターンの敵増援に強襲される可能性があるのだ。またマップ左方ではTroubetzkoyの部隊が、渡渉点を探していたChambouliを追い払った。



●第2ターン(1571年4月)

 タタール軍にはDevler一世が率いる5ユニットが増援としてマップ南端に登場。リャザンを守っているTcherkasskyに会戦を仕掛けることも考えたが、互角の兵力で会戦を挑むのはリスクが大きすぎる。先述のように負けてしまった場合、同盟勢力が動揺してしまうのだ。同盟勢力の信頼を戻すことはルール上できないようになっているため、慎重にならざるを得ない。それよりも、このターンの移動フェイズの終了時に2か所でオレンジの防衛線の渡渉点が発見できることになる。南端から登場したDevler一世は自軍の攻勢方向を敵に絞らせないよう、2か所の渡渉点の間に移動した。


 一方のロシア軍だが、次ターンにはタタール軍が防御線を越えてくるうえ、さらに敵には4ユニットの増援が登場する。まだタタール軍は砲兵を登場させていないが、大兵力と砲兵のコンボで攻撃されればレベル3の要塞でも危うい。要塞の陥落による同盟勢力の離脱を防ぐため、モスクワ大公国はマップ右方のリャザン、中央のツーラ、それに左方のOdoevをそれぞれ4~5ユニットで防御することにした。敵に会戦を強いられることのないよう、これらの部隊は守備隊に変更。L'or et l'acierシリーズではユニットは指揮官に率いられた軍(Armée)と、要塞に籠っている守備隊(Garnison)に分けられる。軍の状態でいるときに敵に攻め込まれると戦闘が発生するが、守備隊の場合は攻囲戦(Siège)となり、要塞のレベルに応じた防御効果が得られるのだ。



●第3ターン(1571年5月)

 ロシア軍防衛線で渡渉点が発見された。タタール軍はマップ右方のDevler一世が防衛線を越え、レベル1で守備隊のいない要塞を鎧袖一触で陥落させる。そして主力のTereberdeyは砲兵を動員、増援と合流して大兵力でマップ左方、レベル2の要塞Odoevを強襲した。

 

 L'or et l'acierシリーズの要塞攻囲戦は、砲撃の後、攻防の戦力比で損害結果判定、というラウンドを繰り返し、守備隊が壊滅して要塞レベルもゼロになれば陥落だ。ラウンド数は攻囲戦開始時にサイの目で決まるため、攻撃側が優勢な兵力であったとしても時間切れで陥落まで至らず、というケースも起りうる。ただし攻撃側の兵力が多いとラウンド数も多くなる。

 戦力比の決定では3対1以上は同じ戦闘比列となるため、攻撃側が圧倒的な兵力であってもその優位を生かしにくい。さらに、戦闘結果表で戦力比の列を決定した後に要塞レベルがそのまま左コラムシフト数となるため、レベル3の要塞は大兵力相手にかなり頑強に抵抗できる。

 ただし砲撃によって要塞レベルを減少させることが攻撃側は可能で、実際このシリーズの前作、オスマン帝国のハンガリー征服を扱った「La conquête de la Hongrie 1526」ではオスマン側の優勢な砲兵によってあっという間に強力な要塞が陥落したりする。ちなみに「La conquête de la Hongrie 1526」をプレイするときは『夢の雫、黄金の鳥籠』は必読だよね。スレイマンもイブラヒムもユニット化されているから。まあそれはさておき、この「Molodi 1572」ではタタール、モスクワ両軍とも砲兵が1ユニットしかないため、砲兵がどこに投入されるかで敵の主攻勢軸が絞れたりする。


(つづく)


共和国万歳! ダンケルクを救え Hondschoote 1793 (VV146) AAR Part3

 ●第2ターン (10:00)  仏軍は右翼(マップ下方)のColaudの命令を移動から攻撃に変更しようとするも、総指揮官のボーナスもむなしく失敗。6分の5の確率で成功のはずだったのだが。このターンも右翼は攻撃ができないことになる。  仏軍の総指揮官となっているHouchardは...