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2024年11月30日土曜日

ブルゴーニュvsスイス Grandson 1476 - Epées et Hallebardes 1315-1476 (VV81) AAR part7

 ●第9ターン

 イニシアティブはブルゴーニュ軍がとった。両軍とも消耗しきっているこの終盤、やるかやられるかだ。シャルル・ル・テメレールが動かせるだけの兵をかき集めて攻撃。スイス軍は熾烈な射撃に耐えられず次々と敗走していく。これまでの激戦でスイス軍の多くは士気低下かつ疲労状態となっており、この状態でさらに士気低下の結果を受けると敗走してしまうのだ。このターンもシャルルが陣頭に立って白兵戦、Goldiのユニットを壊滅させた。マップ上方のCampobassoも奮戦、スイス軍右翼に追い打ちをかけた。


 このCampobassoはイタリア人で、Campobasso伯Nicola di Monforte、フランス語だとNicolas de Montfortと表記されるようだ。『Charles the Bold』ではCola de Monforteってなっていた。このGrandsonの戦いの翌年、シャルルが戦死したナンシーの戦いでは敵に寝返りブルゴーニュ軍の敗戦に貢献している。不利になったら臆面もなく味方を見捨てて敵側につくイタリア傭兵隊長コンドッティエーレっていう、自分が勝手に持っているイメージにピッタリである。『Charles the Bold』ではthe traitor Campobassoなんて書かれていた。たぶん、VaughanはCampobassoに怒ってるよね。


 マップ下方では両軍の死闘が続く。ブルゴーニュ軍Hochbergがわずかに残っている弓兵でEptingenの騎兵を壊滅させるも、スイス軍の攻撃で台地上からブルゴーニュ砲兵は掃討された。

 両軍ともに損害が蓄積していっているが、壊滅による勝利得点はスイス41,ブルゴーニュ32といまだスイスが有利。ブルゴーニュはConcise村を奪還したが、その5点を計算に入れてもスイス軍がまだ得点的には上回っている状況だ。次で最終ターン。ブルゴーニュ軍は最後の奮闘で得点差をひっくり返すことができるか。一方のスイス軍はボロボロの状態だが、なんとか敵の最後の攻撃をしのぐことができるか。


●第10ターン

 最終ターンである。射撃フェイズでマップ下方のFaucingy部隊に損害を与えたブルゴーニュ軍は、さらにイニシアティブも獲得。シャルルが全力で敵に追い打ちをかける。射撃によってScharnachtalのユニットが壊滅。シャルルが率いる精鋭騎兵が敗走しているFaucignyを背後から襲い壊滅させた。

 スイス軍は頼みの左翼(マップ下方)のFaucigny部隊も半壊し、ほとんど何もできず戦列を整えようとするのが精いっぱいである。ブルゴーニュ軍はCrèvecœur、Orange、Campobassoと各部隊が消耗しているスイス軍に白兵戦をしかけていった。

 そして戦いは終了。敵よりも勝利得点を7点以上獲得したほうが勝ちである。終盤の猛攻によって、壊滅や敗走ユニットによる得点でブルゴーニュ軍が3点上回った。さらにConcise村を確保していることで5点プラス。だがブルゴーニュ軍騎兵が攻撃できなかったターンが3つあり、それを差し引くとブルゴーニュ軍とスイス軍の得点差は5となって、引き分けに終わった。


 いやー、最後まで勝負がわからないいい戦いで両プレイヤーとも楽しめました。既述のようにスイス軍は戦力、兵質、兵種も優れているので白兵戦では優位に立つし、士気低下したり敗走しても兵質が高いので回復しやすい。それに士気ボーナス3という鬼のようなRedingもいるし。なのでブルゴーニュ軍は不利かと思いきや、今回は弓兵を有効に活用して互角以上の戦いができたんじゃないかな。le Téméraireなんてあんまりいい意味ではない呼び名をつけられたシャルルの汚名返上、といったところではないでしょうか。

2024年11月23日土曜日

ブルゴーニュvsスイス Grandson 1476 - Epées et Hallebardes 1315-1476 (VV81) AAR part6

 ●第8ターン

 このターンも両軍が射撃戦を展開。ブルゴーニュ軍の槍兵が砲撃で吹き飛び、砲兵も壊滅した。スイス軍も射撃を受けてマップ中央から上方にかけて兵力が消耗していった。

「でもさ、この時代の砲弾って炸裂しないんでしょ? 敵の撃ってきた弾を再利用できなかったのかな。ほら、テイラー・スイフトも歌ってるじゃん、I could build a castle out of all the bricks they threw at meって」

「いや、まったく文脈が違うだろ。つーか、強引すぎるだろ」

「everyday is like a battleって言ってるしさ、やっぱり戦いの絶えなかったこの時代のこと歌ってるんじゃない?」

「もういいから」


 このターン、イニシアティブをとったのはスイス軍だった。おっしゃ、チャンス。敵の右翼(マップ下方)に対応する余裕を与えずに攻撃し、中央ではScharnachtalが立て直すのだ。マップ下方でのFaucingnyの3ユニットによる攻撃はことごとく成功。特にFaucignyが陣頭に立って敵指揮官Orangeを猛攻、たまらずOrangeは敗走した。

 そしてScharnachtalがConcise村周辺で敵にプレッシャーをかけつつ、下方の台地上でEptingenの騎兵を動かし、砲兵の背後から壊滅させていく。この方面のブルゴーニュ軍右翼はFaucingnyの攻撃で弓兵がほとんど壊滅しているうえ、強力な砲撃ができる砲兵も背後からの攻撃には無力、さらには砲兵を守る槍兵にも事欠く状態で、やっとのことで戦列を維持している状態である。

 ブルゴーニュ軍はマップ上端では前ターンの指揮官の敗走で前線に取り残されているReding部隊を騎兵が攻撃、そして中央では激しい射撃を加える。次々と敗走していくスイス軍。ついにはConsiseを守っていたGoldiまでもが敗走してしまった。空になった村をすかさず槍兵が占領。そしてこれまで戦列の後ろで指揮をとっていたシャルル・ル・テメレールだったが、勝負どころとみて自ら騎兵を率いて敵総指揮官Scharnachtalに襲いかかる。槍兵も攻撃に加わって包囲攻撃、スイス兵は後方からの攻撃を受けても不利なDRMは生じないのだが、総指揮官同士の激突はシャルルに軍配が上がりスイス兵は壊滅、Scharnachtalはすんでのところで捕虜になるのを免れて味方のもとに逃げ去った。

 Au fil de l'épéeシリーズでは後方から攻撃されると+2DRMと結構不利になるのだが、Grandsonのシナリオでは無効となる。デザイナーによると、スイス兵はその方陣(formation en carré)で卓越していたそうだ。そのため、先述のとおりこのシナリオでは騎兵の突撃も無効になる。側面と背面も防御し騎兵の突撃に対抗するのにも有効なこの隊形は次第に発展してきたそうで、Epées et Hallebardes 1315-1476に含まれている三つのシナリオ、1315年のMorgarten、1386年のSempach、そして1476年のGrandsonでは対騎兵突撃や後方からの攻撃に関するDRMは次第にスイス兵有利になっている。

 ちなみにここで言われている方陣(formation en carré)って、Gewalthaufenのことだと思うんだよね。方陣を指す言葉としてGevierthaufenというのもありますが。以前紹介した『Militärgeschichte des Mittelarters』では、Grandsonの戦いについて、スイス兵は密集した隊形で戦ったって述べていて、in geschlossener Formation (Gewalthaufen) って言っている。ただ、Hans Delbrückの<<Geschichte der Kriegskunst, Band 3>>では、nicht bei der Vorhut, sondern bei dem Gewalthaufen(前衛ではなく主力に)と、この言葉を主力という意味で使っているみたい。Wikiでも冒頭ではそう説明している。でもすぐ後にDiese bildeten einen schützenden Rahmen um die restlichen Nahkämpfer mit ihren Hellebarden und anderen Waffen.(近接戦用の兵の周りに防御隊形を形成し、ハルバードやその他の武器を装備していた)と、隊形のことだと読めるような書いていていてどっちやねん、という感じなんですが。

 回復フェイズではブルゴーニュ軍右翼(マップ下方)の多くが回復。この方面では劣勢に立たされているので助かる。だがその正面のスイス軍Faucingyの部隊もすべて回復してしまった。次ターンの攻撃がおそろしい。


つづく

2024年11月19日火曜日

ブルゴーニュvsスイス Grandson 1476 - Epées et Hallebardes 1315-1476 (VV81) AAR part5

 ●第7ターン

 今ターンも冒頭に激しい射撃戦が行われたが、砲兵、弓兵ともに数で勝るブルゴーニュ軍はより多くの損害を敵に与えた。

 だがスイス軍はFaucingnyが敵右翼(マップ下方)を切り崩す。弓兵の防御射撃をものともせず白兵戦で敗走させ、さらに連鎖敗走でブルゴーニュ軍弓兵が逃げ切れずに壊滅した。そして総指揮官Scharnachtalが兵力をかき集めて中央部で攻撃に出る。射撃では不利でも、白兵戦となるとスイス軍は強い。ブルゴーニュ軍を押しに押し、マップ中央の得点源であるConciseの村をついに占領した。マップ上方ではRedingが前ターンに反撃してきた敵騎兵の後方に回り込み敗走させる。やはりReding狂暴。敗走するブルゴーニュ騎兵につられて兵たちが浮足立ち同じく敗走するところだったが、指揮官のChâteau-Guyonが叱咤激励しなんとか踏みとどまった。

 右翼(マップ下方)で劣勢に立っているブルゴーニュ軍は、Conciseの村を奪還したいものの反撃に出る余裕がない。各部隊が弓兵の射撃をするのみ。サイの目が振るわずなかなか効果が出ないが、執拗な射撃にスイス軍はじわじわと損害を被っていった。

 スイス軍は左翼(マップ下方)のEptingenの騎兵が、その移動力を生かして台地上のブルゴーニュ軍砲兵の背後に回り込む。スイス軍はほとんどが歩兵で構成されているのだが、Eptingenの部隊だけは騎兵を2ユニット含んでいるのだ。Eptingenの騎兵が砲兵と弓兵のスタックを背後から襲撃、壊滅させた。


 ちなみにこのEptingenの部隊は、スイスと同じく反ブルゴーニュ側に立っていたアルザスの都市ストラスブールの兵を含んでいたらしい。Au fil de l'épéeシリーズでは各部隊の識別のために部隊ごとの紋章(Blason d'identification)がユニットにつけられているのだが、Eptingen部隊の紋章はストラスブールのもの。この紋章は当時Eptingenに授けられていたそうだ。


 ブルゴーニュ軍は防衛の要であるマップ下方のHochbergの砲兵部隊を切り崩されていき、右翼(マップ下方)はかなり厳しくなってきている。だがマップ上方ではCampobassoが射撃でRedingを敗走させる。この方面は両軍ともボロボロだが、スイス軍の消耗が激しいためブルゴーニュ軍は防御にやや余裕が出てきた。一方、スイス軍は得点源の村を死守しつつ、マップ下方からの攻撃に期待するしかない。

 回復フェイズではブルゴーニュ軍の槍兵が盤外に、そしてマップ下端では敗走できずに弓兵が壊滅した。一方、スイス軍は猛将Redingの怒鳴り声も耳に入らず兵たちがさらに敗走、我先に逃げる兵たちの流れにRedingも巻き込まれてしまった。このゲームでは回復に失敗した敗走ユニットは自軍マップ端に向けて全力で敗走移動するのだが、スタックしている指揮官も一緒に移動しなければならないのだ。このため、前線に残っているReding部隊の残余が指揮範囲外になってしまった。これで次ターンは行動がかなり制限されてしまう。さらに、スイス軍もついに敗走歩兵が盤外へ。マップ下方では敗走する歩兵に巻き込まれて砲兵が壊滅、火縄銃兵がマップ外に逃げ去った。


 両軍とも消耗が激しいが、このターン終了時点でユニット壊滅による勝利得点はスイスがブルゴーニュを10点リードしている。スイス歩兵は強力だが壊滅しても槍兵と同じ2PVにしかならず、一方騎兵は3PVなのだ。さらにスイス軍は中央の村Conciseを占領しており、ゲーム終了時まで保持すると5PVを得られる。勝利得点的にはスイス軍がかなり有利。ブルゴーニュ軍はマップ下端の敵の攻撃をしのぎつつ、村を奪還しさらに敵に打撃を与えられるか。


つづく

2024年11月13日水曜日

ブルゴーニュvsスイス Grandson 1476 - Epées et Hallebardes 1315-1476 (VV81) AAR part4

 ●第5ターン

 前ターン、後方から前進してきたブルゴーニュ軍予備による反撃によって消耗したスイス軍。敵が戦列を立て直したのを見て、このターンは回復に努める。マップ下方では前ターンにEptingenの8ユニットが登場したが、これらの多くは戦力2の歩兵やあまり攻撃には使えない火縄銃兵である。敵Hochbergの砲撃に対する弾除けに使いつつ、Faucingnyの部隊をマップ下端、砲撃を受けない方面に迂回させて敵右翼端を攻撃するのがスイス軍のプランなのだが、今ターンはそれは無理。次ターンにマップ上方と下方から一斉に攻撃するため、今ターンは自重して態勢を整えるのが賢明だ。

 そう判断したスイス軍プレイヤーだが、マップ上端では攻撃を行う。ここは敵総指揮官シャルルの指揮範囲外なのでブルゴーニュ軍は有効な反撃が行いづらいのだ。総指揮官Scharnachtalの指揮のもと、Redingが猛攻、Campassoの槍兵を敗走させる。さらにRedingが活性化しCompassoに追い打ちをかける。スイス軍の攻撃に敗走した自軍の槍兵を見て、後方にいた火縄銃兵も敗走、ブルゴーニュ軍の左翼端(マップ上方)にRedingの2ユニットが大きく食い込んでいく。この方面のブルゴーニュ軍はほとんど士気低下か敗走状態のユニットになってしまった。


 ブルゴーニュ軍はシャルルの指揮の下、弓兵で敵に連続射撃をくらわす。たまらずRedingが敗走、マップ下方でも砲撃でスイス軍が士気低下し、Orangeの弓兵が前進してきたFaucingyの歩兵を射撃で敗走させた。これに対しスイス軍はマップ上方でGoldiの部隊を投入、敵槍兵を2ユニット敗走させる。やはり白兵戦になると槍兵はスイス兵の敵ではない。


 回復フェイズではブルゴーニュ軍は敗走からの回復に失敗し続け、騎兵1ユニットが盤外に消え去ってしまった。敗走の結果盤外に出たユニットは壊滅と同じく敵にPVを献上するのだが、騎兵は3ポイントと高価なので痛い。だがスイス軍も敗走からの回復に失敗、巻き込まれてさらに1ユニットが敗走してしまった。



●第6ターン

 ターン冒頭、各部隊の活性化の前にある射撃フェイズで激しい射撃戦が繰り広げられた。砲弾を撃ち込まれた両軍はあるいは士気が低下、あるいは敗走していく。

「珍しくスイスの砲兵が活躍したけど、射撃戦ではこっちに分があるんだよね」

とブルゴーニュに多数いる弓兵が矢の雨を降り注いだ。たまらず敗走していくスイス兵。だが密集している陣形のため味方に阻まれて壊滅してしまう。

 このターン、イニシアティブを握ったのはブルゴーニュ軍だった。マップ上方では前ターンのスイス軍の攻撃とブルゴーニュ軍の反撃によって両軍ともに大きく消耗している。やられる前にやれ、とブルゴーニュ軍は満身創痍のCompassoの部隊で攻撃をしかけた。だがスイス軍は激しく抵抗、Compassoの槍兵が疲労状態となってしまった。

 スイス軍も消耗が激しく、もともとユニット数が多くないRedingとGoldiの部隊は使える兵力がほとんどないのだが、総指揮官の指揮の下それらの部隊を一斉投入。ブルゴーニュ軍に各所で損害を与えていく。Redingがまたもその凶暴なまでの能力を発揮し、疲労状態の兵を叱咤激励、Compassoの2ユニットにダメージを与えた。


 ブルゴーニュ軍はHochbergの砲撃でScharnachtalを敗走させるものの、スイス軍は怯まずマップ上方でRedingがCompassoに追い打ち、消耗が激しいCompobasso隊はRedingの猛攻を支えきれず敗走してしまう。

 この戦い前半でほぼ半壊状態になり時間をかけて回復していたブルゴーニュのChâteau-Guyonの騎兵部隊だが、自軍左翼(マップ上方)の危機的状況を見て回復ユニットを投入、Redingの軽歩兵を蹴散らす。だがマップ下方ではスイス軍が本格的な攻勢を開始、敵最右端に回り込んだFaucingyの部隊が敵戦列の間隙を縫って突進、この方面のOrange部隊を次々と敗走させていく。特にブルゴーニュ軍にとって反撃の要となる弓兵を壊滅させた。

「ここってHochbergの砲撃でカバーできないところでしょ。やばいんじゃないの?」

と煽るスイス軍プレイヤーだが、シャルル・ル・テメレールは冷静に対応。弓兵を巧妙に使って中央でRedingとGoldiの兵を敗走させる。そして右翼(マップ下方)を立て直そうと、Orange隊は突出してきたFaucingyの歩兵に反撃、なんとか損害を与えた。一方、スイス軍は敵右翼の砲兵前面に展開していた弾除けのEptingen部隊も攻撃に投入、火縄銃兵が至近距離の射撃で敵槍兵を敗走させた。

 そしてこのターン、またもブルゴーニュ軍は敗走状態からの回復に失敗し、騎兵と火縄銃兵が戦場から逃げ去ってしまった。一方、スイス軍はその高い兵質を利用して次々と回復、次ターンも再び一斉攻撃をしかけられる態勢となった。


つづく

2024年11月10日日曜日

ブルゴーニュvsスイス Grandson 1476 - Epées et Hallebardes 1315-1476 (VV81) AAR part3

 ●第4ターン

 このゲームでは各ターンの最初に両軍の射撃フェイズがあるのだが、このターンはブルゴーニュ軍の射撃が冴えた。ブルゴーニュ軍弓兵は2へクス先の標的に対し30%の確率で士気低下、同じく30%の確率で敗走を引き起こす。強烈な射撃に耐えられずスイス歩兵が敗走、だが続々と後方から詰め寄せていた友軍に敗走を阻まれ、壊滅してしまった。

 スイス軍は歩兵なので移動力が低く、少しでも早く増援を前線に投入しようとすると、地形の問題もありどうしても密集状態になりやすい。そのため、敗走ができずに壊滅ということが起きてしまうのである。


 このターン、イニシアティブを得たスイス軍は総指揮官Scharnachtalが右翼(マップ上部)でブルゴーニュ軍に襲いかかる。敵騎兵部隊の間隙をついて騎兵を包囲、さらに敵後方のCampobassoの槍兵にも攻撃。敵に次々と損害を与えていった。そして高い指揮ボーナスを誇るRedingがブルゴーニュ軍騎兵部隊指揮官Château-Guyonを攻撃して敗走させた。

 さらにスイス軍はRedingの部隊を活性化させ追い打ちをかける。ブルゴーニュ騎兵が1ユニット敗走、1ユニット壊滅。Château-Guyonのブルゴーニュ騎兵部隊はすべてのユニットが壊滅もしくは敗走状態となってしまった。


 友軍の危機を見てブルゴーニュ軍Hochbergの弓兵がスイス軍中央に懸命に射撃、少しでも敵の勢いをとどめようとする。一方、前ターンに増援としてマップ下方に登場したスイス軍のFaucingyの部隊はHochbergの砲兵の射程を慎重に避けながら前進。このゲームの砲兵は結構強力で、4へクス離れていても40%の確率で敵に損害を与えることができるのだ。実際、練習でソロプレイしていると、うかつに接近したスイス軍はHochbergの砲兵4ユニットの砲撃によって次々と士気低下・敗走していきスイス軍左翼が崩壊、という事態になったりしていた。

 マップ上部で押されているブルゴーニュ軍だが、後方から駆け付けた予備のCrèvecoeurの弓兵が連続射撃で敵中央の歩兵を敗走させ、さらに総指揮官シャルル・ル・テメレールが反撃に出る。シャルルの指揮範囲は4と広くないものの、戦場の中央に陣取っているため多くのユニットを指揮範囲に収めている。CrèvecoeurやCampobassoの弓兵を使って敵を士気低下状態にしたのち、Campobassonoの槍兵2ユニットが白兵戦で攻撃。先述のようにブルゴーニュ軍の槍兵は戦力、兵質、兵種いずれもスイス軍に劣るのだが、こうやって射撃&複数ユニットによる白兵戦という連携攻撃にはさすがのスイス兵も持ちこたえられず敗走した。

 スイス軍は敵の反撃で消耗していた右翼(マップ上方)にGoldiの部隊を支援として派遣、そしてマップ下方からは増援のEptingen部隊が登場する。一方のブルゴーニュ軍はCampobassoの弓兵が士気低下し疲労状態のRedingのスイス兵ユニットを狙い撃ち、敗走させた。

 スイス軍は続々と増援が登場したものの、ブルゴーニュ軍も後方の予備3部隊が投入されたため、数的には両軍それほど変わらない状態となってきた。

 ターン最後にある回復フェイズでブルゴーニュ軍騎兵は多くが敗走状態から回復。だがこのターンはブルゴーニュ軍は騎兵による攻撃ができなかったためPVペナルティを受けてしまった。Château-Guyonの騎兵部隊は先述のようにすべて壊滅、もしくは敗走状態にあったので仕方ない。シャルル直属の騎兵で攻撃をするという選択肢もあるが、シャルルの騎兵は兵質6と精鋭であるもののスイス歩兵と互角であるにすぎず、2ユニットしかいないためたいした攻撃はできないうえ、シャルルが戦闘に巻き込まれて移動の自由を失う可能性もある。さらに特別ルールで、シャルル直属部隊の騎兵が敗走もしくは壊滅するごとに、予備3部隊のうちどれか1部隊が丸ごとマップ上から取り除かれてしまうのである。総指揮官がやばくなったのを見て我先に戦場から逃げ出す、ということなのだろうけれど、そんなリスクを冒す余裕はブルゴーニュ軍にはないため、シャルルの部隊による攻撃にはかなり慎重にならざるを得ない。


つづく

2024年11月4日月曜日

ブルゴーニュvsスイス Grandson 1476 - Epées et Hallebardes 1315-1476 (VV81) AAR part2

 ●第1ターン

 このターンはスイス軍の活性化から始まる。スイス軍は前進して丘陵地帯の隘路出口で防御を固めた。

「猪口才な。スイスの農民どもなんぞ蹴散らしてくれるわ!」

とブルゴーニュ軍プレイヤーが気炎を上げる。一斉に襲い掛かると思いきや、敵右翼端(マップ上方)のみを攻撃、損害を与えて後退させるに終わった。

「あれ、威勢がよかったはずなのに一カ所だけしか攻撃しないなんて、しょぼくない?」

「すんません、それは無理っす」

 先述のようにスイス兵は戦闘力、兵質ともに高く兵種としては騎兵と同等のため、1ユニット同士の白兵戦ではブルゴーニュ軍が不利になる。このゲームでは白兵戦をするユニットは正面ヘクスにいるすべての敵ユニットが攻撃されるようにしないといけないため、きっちりと戦列を組んでいる相手に一斉攻撃をしようとするとどうしても1ユニット同士の白兵戦が生じてしまう。さらにはスイス軍は地形効果も得られるユニットもあるわけで、ブルゴーニュ軍としては一斉攻撃をして次々と撃退されるという事態を避けるために敵戦列の端に2ユニットを投入し、さらに騎兵部隊指揮官Château-Guyonの指揮ボーナス(Bonus)で+2DRMを得て何とか有利な形で攻撃ができたのである。


●第2ターン

 スイス軍には増援のRedingの部隊が登場。この部隊は現在のスイス中央部の兵からなる。ちなみに初期配置されているScharnachtalの部隊はベルンの兵である。

 ブルゴーニュ軍は敵の指揮官Scharnachtalを攻撃、疲弊状態(Fatiguée)で後退させた。だがScharnachtalは怯まず、戦闘後前進で突出した敵騎兵を包囲、袋叩きにして敗走させる。ちなみにこのゲームでは戦闘後前進は強制である。うかつに攻撃するとこのように反撃をくらうことが多い。

 スイス軍の反撃を受けたブルゴーニュ軍は騎兵部隊を支援するためHochbergの弓兵が射撃で敵に損害を与えるものの、騎兵部隊とHochberg隊だけでは増援が登場したスイス軍を積極的に攻撃していくには兵力が足りない。

「予備がいっぱいいるんだから、早く投入させてよ~。デザイナーの意地悪~」

と嘆くブルゴーニュ軍プレイヤーである。


●第3ターン

 イニシアティブを得たブルゴーニュ軍は先手を取って騎兵が攻撃。すでに疲弊状態だったスイス兵ユニットを士気低下状態(Découragée)にして後退させた。

 スイス軍は総指揮官(chef d’armée)Scharnachtalのもと、一斉に反撃。このゲームでは基本的に部隊ごとに活性化するが、総指揮官は自分の指揮範囲内にいる他の部隊のユニットも活性化できる。Scharnachtalは6という広い指揮範囲にものを言わせて前ターンに登場したRedingの部隊も投入、敵戦列の間隙から浸透しブルゴーニュ騎兵に強力な攻撃を行う。特にRedingは指揮ボーナス3と強烈なDRMを持つのだ。包囲されていたブルゴーニュ騎兵はたまらず敗走していった。さらにScharnachtalに続いてRedingが活性化。敵に追い打ちをかけていく。

 そしてスイス軍には今ターンも増援が登場。Redingの後を追ってマップ上部からGoldiの4ユニットが、そして丘陵地下方の道からはFaucingnyの強力な歩兵部隊が現れた。

 頼みの騎兵が次々とスイス軍に撃破され、敵には続々と増援が現れるのを見たシャルル・ル・テメレール。Hochbergの弓兵の射撃で敵を牽制しつつ、後方にいた予備の3部隊を動かした。

「いやー、早いとこ騎兵が2ユニット敗走してくれてよかった。これで予備が投入できるもんね」

「それ、一軍の将が言うセリフじゃないと思うぞ」


 このシナリオでは先述のように、ブルゴーニュ軍は騎兵が2ユニット敗走するまでは予備の3部隊は活性化できない。そのため無理は承知で騎兵部隊で攻撃をかけていったのである。それにブルゴーニュ軍は騎兵が攻撃しなかったターンごとに1勝利得点(PV)をスイス軍に献上してしまう(最大で累計5PV)。そのため、史実同様騎兵で攻撃を仕掛けうるよう誘導される仕組みとなっている。


つづく

2024年11月1日金曜日

ブルゴーニュvsスイス Grandson 1476 - Epées et Hallebardes 1315-1476 (VV81) AAR part1

  先日やった「Alsace 1944」が面白かったので、アルザス関連のゲームをやってみた。プレイしたのはGrandsonの戦い。場所は現在のスイス北西部で1476年、スイスとブルゴーニュの両軍が衝突した……

 いやいや全然アルザスじゃないだろ! と思われるかもしれないけど、そうじゃないんですよ。この当時、領土拡大を続けるブルゴーニュ公国はアルザスをめぐってスイスやその他の勢力といわゆるブルゴーニュ戦争を戦っていて、その一環で起こったのがGandsonの戦いなんですね。なのでアルザスと結構関係があるんですよ。ははは…。

 まあ苦しい言い訳はこれぐらいにして、要はプレイしてみたかったからプレイしただけなんですけどね。ゲームはVaeVictis誌81号付録の「Epées et Hallebardes 1315-1476」に収録されている3つのシナリオのうちの一つ。中世の会戦をシミュレートしたAu fil de l'épéeシリーズに属し、同じシリーズでは以前、Guinegatteの戦いのAARを書いたなあ

 初期配置を見ると兵力でブルゴーニュ軍が圧倒しているように見える。だがデザイナーによるとこの戦いでブルゴーニュ公シャルルは騎兵と砲でスイス軍を打ち破れると思っていたそうで、ゲームでは後方の3つの部隊は予備となっていてブルゴーニュ軍騎兵が2ユニット敗走もしくは壊滅するまでは動かせない。一方のスイス軍は続々と増援が登場するため、数のうえでの不利さはなくなる。

 さらにスイス軍の多くは戦闘力(Facteur de combat)が8と強力で兵質(Qualité)でも敵に勝っている。それにほとんどのスイス軍ユニットの兵種はスイス兵(Suisses, Su)で、騎士(Chevaliers, Ch)や重装騎兵(Hommes d'Armes, Ha)と白兵戦で互角、ブルゴーニュ軍に多数いる槍兵(Piqiers, Pi)に対しては有利なDRMがつく。

 とまあこれだけでもスイス軍の優秀さがうかがえるのだが、さらにこのシナリオでは、スイス兵はブルゴーニュ騎兵の突撃を実質的に無効化してしまうのである。Au fil de l'épéeシリーズでは騎兵の突撃は+3のDRMが付くのだが、だがこのシナリオではスイス兵に対する突撃にはDRMがゼロである(複数方向からの突撃でやっとDRM+1)。

 優秀なスイス兵に対し、ブルゴーニュ軍は右翼(マップ下方)の台地上に砲兵を4ユニット配置しており、さらに弓兵を多数保持している。白兵戦で優位に立つスイス軍に対し、ブルゴーニュ軍がいかに砲兵と弓兵を活用できるかが勝敗のカギとなるだろう。


 実際の戦いでは続々と山地から登場するスイス軍に対しブルゴーニュ軍は平野部に退いて態勢を整えようとしたところ、そのまま押し切られてしまったらしい。ちなみにこの当時のスイスは8つの州や都市が同盟を組んでおり、ドイツ語だとAlte Eidgenossenschaft、フランス語だとConfédération des huit cantonsと呼ばれていて、当然VaeVictis誌でもそう表記されている。日本語ではなんて訳されているんですかね。

 一方のブルゴーニュ軍を率いるのはブルゴーニュ公シャルル。Charles le Téméraireとも呼ばれていて、シャルル勇胆公や突進公、猪突公とかいろいろと訳されているようだけど、le Téméraireは悪い意味も含まれているようで、辞書を見てもtéméraireという単語の意味としてune hardiesse imprudente ou inconsidérée(無謀だったり思慮の足りない大胆さ)なんてなことが書いてある。でもブルゴーニュ関係の本を読んでいると、téméraireではなくhardi(大胆)と変えたい、téméraireと呼んでいるとシャルルの業績や人格に対し史実と反する印象を与えてしまう、と言っている研究者がいるって書いてあった。その本の筆者は同意しつつも、やっぱりCharles le Téméraireというすでに定着している呼び名は維持したい、と書いていたけど。まあ自分にはフランス語のニュアンスはわかりませんが、シャルル関連の本を読んでいるとそんなに猪突猛進って感じは受けないので、このAARではle Téméraireを訳さずにル・テメレールと呼ぶことにします。


つづく


2022年10月22日土曜日

最後の騎士と呼ばれた男  Guinegatte 1479 - La Trêve ou l'Epée(Ludifolie) AAR ⑥

 ●第10ターン 

 ブルゴーニュ軍の両端は兵力が足らず間隙が生じており、フランス軍の両騎兵部隊はそこに浸透。背後から白兵戦をしかけブルゴーニュ軍騎兵はたまらず潰走していく。フランス軍騎兵部隊がマップ右端へと前線を押しこんでいるため、中央のマクシミリアンの指揮が届かずブルゴーニュ軍は有効な対応が打てない。


 もうボロボロになったブルゴーニュ軍左翼騎兵部隊を率いるPhilippe de Clevesは、ギネガテの戦いの前からフランドル地方を治めフランスと戦っていた。ブルゴーニュ公シャルルが残した一人娘の公女マリーは領民たちから「美しき姫君」や「我らのお姫さま」と慕われていたのだが、Philippe de Clevesは幼い頃はそのマリーの遊び相手だったらしい。マクシミリアンとマリーの夫婦仲はよかったが、マリーは若くして亡くなる。その後マクシミリアンは神聖ローマ皇帝になり、ブルゴーニュ領ネーデルラントを帝国の勢力圏内に組み込もうとしたらしく、Philippe de Clevesはそんなマクシミリアンに対して反旗を翻す。あくまでブルゴーニュ公家そして幼馴染のお姫様マリーに忠節を貫いたということか。


 ブルゴーニュ軍は中央でもフランス軍の射撃によってじわじわと士気低下、はては潰走するユニットが出る。両翼の敵騎兵部隊に対応する必要があるため、ゲーム前半のときのように中央で積極的に攻勢に出ることができないのだ。マクシミリアンとしては耐えるしかない。



 

 最後の騎士と呼ばれたマクシミリアンはさまざまなエピソードを残しているのだが、狩猟で銃を使うのは卑怯、と弓矢でカモシカ猟をしていたそうだ。そういうこだわりが最後の騎士と呼ばれた所以ですかね。ある日、お供のものもついて行けないほどの峻険な岩山をものともせず一人でガンガン上っていき、狭い岩角に片足をかけ、弓矢を放っていた。だがあまりにも険しい場所だったためそこから動くことができず片足で立ったままになっていたという。いやなんかそれ、騎士というよりはギャグですか、という印象を受けるんですけど…。そうすること三日目、いずこともなく牧人が現れマクシミリアンを安全な場所に導いた。いまもインスブルックにはマルティンの岩壁という場所があり、これがマクシミリアンが三日間立ち尽くしていたところだと言われている。マクシミリアンを助けた牧人は天使だったとも伝えられているらしい。なんか、こういうおちゃめなエピソードが何百年も語り継がれているところに、マクシミリアンが人々に敬愛されたということがうかがえますな。

 ちなみに岩山で立ち往生、という話を聞くと、落石事故で右腕が岩に挟まれ、5日間の苦闘ののちに自ら腕をナイフで切断して脱出したアーロン・ラルストンを思い出す。母校のスピーチでもこの経験をポジティブに語っていて、すげーなーと。




●第11ターン 

 ターン最初の射撃戦で双方に潰走ユニットが出る。もともとユニット数が敵よりも少ないブルゴーニュ軍としては痛い。

 そしてフランス軍騎兵部隊の攻撃。目指すはブルゴーニュ軍の荷車列、お宝を奪うのだ! 欲に疲れも忘れたか、次々と敵騎兵を潰走、壊滅させていく。

 フランス軍右翼の騎兵部隊を率いる、フランス軍総指揮官Philippe de Crèvecœurは若い頃はブルゴーニュ側で仏王ルイ11世と戦ったりしていたが、マクシミリアンの舅ブルゴーニュ公シャルルが1477年に戦死するとフランスに寝返ったらしい。ギネガテの戦いのたった2年前ですね。この戦いの4年後にはフランス元帥(Maréchal de France)になっている。


 フランス軍は騎兵部隊と連動して中央の歩兵部隊も攻撃に出る。集中射撃で敵槍兵を潰走させた。フランス軍は得点を伸ばしていき、壊滅ユニットによる得点の差は2にまで縮まった。


●第12ターン

 最終ターンである。お宝頂戴! と全力で駆けるフランス軍騎兵だったが、おしくも一歩及ばず。だがフランス軍総指揮官率いる騎兵主力部隊が敵歩兵を壊滅させていく。


 中央では両軍ともに指揮官たちが陣頭に立って最後の死闘を繰り広げる。フランス軍の歩兵部隊を率いるAntoine de Choursesに至っては、指揮官自ら騎兵を率いて突撃。たまらず戦列を乱して後退するブルゴーニュ軍の歩兵。マクシミリアンを中心に、残り少ない兵力で必死に防戦、反撃する。




 そして長時間にわたった戦闘も終わりを迎えた。勝利得点は、フランス軍は51。ブルゴーニュ軍は敵ユニット壊滅によって同じく51、だがそれに加え、潰走状態の敵軍1ユニットにつき1点を得られるので、計55。両者の差は4で、この戦いは引き分けとなった。

2022年10月21日金曜日

最後の騎士と呼ばれた男  Guinegatte 1479 - La Trêve ou l'Epée(Ludifolie) AAR ⑤

●第8ターン

 マップ下方でフランス軍騎兵部隊の攻撃が続き、この方面のブルゴーニュ軍騎兵部隊は半減、残存2ユニットとなった。ブルゴーニュ軍は中央から兵力を割いたものの、機動力の低い歩兵では敵騎兵による延翼運動への対応が遅れてしまう。さらには、ブルゴーニュ軍が潰走した際にはマップ右端に向かって逃走するのだが、そちら方面にフランス軍騎兵が回り込んできているため潰走できずに壊滅するユニットが出てきた。


 マップ上方でもフランス軍騎兵部隊の攻撃にブルゴーニュ軍騎兵だけでは対応しきれなくなってきている。ただしここは幸い、通行不能の川によってフランス軍騎兵の迂回運動は妨げられているため、歩兵部隊が支援に駆け付け反撃を行う。

 

 こちら方面のブルゴーニュ軍歩兵部隊を率いているのはNassau-Dillenbourg伯Engilbert二世。ギネガテの戦いのときはまだ20代の青年だったが、ブルゴーニュ公国の金羊毛騎士団に序列されている。1487年にはフランス軍の捕虜となり、莫大な身代金と引き換えに解放されているが、その後も長くフランドル地方でフランスに対抗した。


 ブルゴーニュ軍にとっては両翼の危機が続くが、総指揮官であるマクシミリアンは中央で動かない。なるべく多くの自軍ユニットを総指揮官の指揮範囲内にとどめ、柔軟な対応ができる態勢を維持するのだ。


 マクシミリアンはブルゴーニュ公シャルルの戦死後、いわば入り婿のような形でハプスブルグ家からブルゴーニュ公国に入っている。結婚相手であるマリーはシャルルの一人娘で、ブルゴーニュ家の人々にとっては我らがお姫様。その結婚相手だからマクシミリアンも一応受け入れたらしい。だがよそ者だったマクシミリアンは領内を精力的に回り率先して庶民と気軽に語り合おうとする姿勢を見せたため、次第に人々から好意を寄せられるようになったそうだ。

 ちなみにオーストリアから来たマクシミリアンはブルゴーニュ家で話されていたフランス語が分からず、マリーはドイツ語が話せないため二人は最初のうちは、当時のヨーロッパの共通語だったラテン語で会話をしていたそうだ。婚姻の際にマクシミリアンがマリーにダイヤの指輪を贈っており、婚約の際にダイヤの指輪を贈るという慣習のもとになったと言われている。いらんことしよってからに、と高価な婚約指輪をねだられた男性は思うんですかね。


●第9ターン 

 ブルゴーニュ軍の中央歩兵部隊の弓兵と槍兵の積極的な攻撃によって弱体化していたフランス軍中央歩兵部隊だったが、再編成に努め次第に戦力が回復してきている。白兵戦で攻撃に出るには戦力が足りないものの、射撃によってブルゴーニュ軍中央にじわじわと損害を与える。そしてフランス軍両翼の騎兵は敵後方への突破を目指して猛攻。ブルゴーニュ軍の損害が増え、気がついたら点差は11に縮まっていた。


 フランス軍が敵後方への突破をもくろむのは中央歩兵部隊と連携して敵を挟み撃ちするためだけではない。ブルゴーニュ軍がはるか後方に退避させている荷車4ユニットが標的なのだ。実際のギネガテの戦いではフランス軍騎兵は敵荷車の略奪に夢中になってしまい勝機を逸したが、このゲームではその誘導のためか、フランス軍は騎兵によって荷車を破壊すると10点のボーナスが得られる。荷車自体も1ユニット壊滅するごとに2点なので、一気に18点取って逆転する可能性があるのだ。フランス軍騎兵がどちらかの翼で突破した場合、騎兵がほとんど残っていないブルゴーニュ軍は荷車を防御するすべがないため、少しでも粘って戦列を維持するしかない。残りはあと3ターン。戦況は時間との戦いの様相を見せてきた。





つづく




2022年10月19日水曜日

最後の騎士と呼ばれた男  Guinegatte 1479 - La Trêve ou l'Epée(Ludifolie) AAR ④

 ●第6ターン

ブルゴーニュ軍の射撃で、フランス軍歩兵部隊の指揮官Jean de Baudricourtとスタックしている騎兵が潰走。これは痛い。スタックしているユニットが潰走すると指揮官は一緒に潰走するのだ。だがフランス軍は右翼(マップ下方)にいる総指揮官の指揮のもと、歩兵部隊が反撃する。弓兵の集中射撃によってマクシミリアン直属部隊の弓兵が潰走した。さらにフランス軍右翼の騎兵部隊が正面のブルゴーニュ軍騎兵部隊を攻撃、2ユニットを士気低下状態で退却させる。そして左翼の騎兵部隊も機動力を生かして敵ユニットの間隙から背後に進入し攻撃。ブルゴーニュ軍騎兵部隊指揮官は士気低下状態となった騎兵とともに退却を余儀なくされた。


 ブルゴーニュ軍はここで総指揮官マクシミリアンの活性化が回ってくる。このままでは敵騎兵部隊が両翼を突破してくる可能性が高い。特に、左翼(マップ下方)は自軍歩兵主力と離れているうえにスペースも広く敵の騎兵部隊に圧倒される危険性がある。たしかに前ターンの攻撃で敵中央の歩兵部隊にはかなりの損害を与えた。だが敵騎兵が自軍後方に回り込んできた場合、敵中央に攻勢をしかけている主力部隊の歩兵はすぐに対応することは難しいだろう。そうだとすると、早めに守りを固めるべきか。


 しばし迷ったブルゴーニュ軍プレイヤーだが、思い切って中央での攻撃を続けることを決断する。中央は総指揮官マクシミリアンがいるため二回活性化できる。一方、中央の敵歩兵2部隊のうち、マップ上方の部隊は敵総指揮官から離れているため1回の活性化しかできない。しかも、もう一つの歩兵部隊は指揮官が潰走している。今のうちに敵歩兵部隊に強烈な打撃を与えておくのだ。

 

 そう考えたブルゴーニュ軍は中央で全力で攻撃を加える。中央上部に進出してきている敵騎兵にも反撃を加え、士気低下状態にして撃退した。騎兵が戦場を支配する時代はとっくの昔に終わったということを思い知らせてやる。実際、「最後の騎士」と呼ばれたマクシミリアンだが、ギネガテの戦いでは騎乗せずに歩兵とともに戦っている。このゲームでもフランス軍の歩兵部隊指揮官は二人とも騎兵ユニットとスタックしているのに対し、マクシミリアンとスタックしているユニットは下馬騎士(Ch à pied)である。


 多くのユニットが潰走したフランス軍だが、ターン終了時の回復フェイズで多くが回復した。だが、指揮官がスタックしている潰走騎兵は回復に失敗。必死に押しとどめようとする指揮官の言うことを聞かず、恐怖にかられた兵たちは安全な場所を目指して逃走し、その波に飲み込まれて指揮官も一緒に後方に下がっていってしまった。その結果、次ターンはこの歩兵部隊の多くが指揮範囲外になる。これは痛い。ADdEではターン冒頭に各ユニットが指揮官の指揮範囲にいるかどうかのチェックがあり、指揮範囲外になるとそのターンは攻撃ができないなどかなり行動が制限されてしまうのだ。





●第7ターン


 フランス軍は両翼での攻撃を続ける。騎兵は質も量もフランス軍が上なのだ。そのうちブルゴーニュ軍が限界を迎えるはず。そしてボロボロになっている中央歩兵部隊は残存している弓兵で射撃を加えるとともに、再編成に努める。

 そんなフランス軍に容赦なく射撃を加えるブルゴーニュ軍。歩兵の潰走に巻き込まれて、仏軍中央上方の歩兵部隊を率いるAntoine de Choursesまでもが潰走してしまった。ターン終了時に回復はしたものの、フランス軍中央はかなり弱体化している。

 このゲームでは両プレイヤーとも勝利得点は基本的に壊滅した敵ユニットによって得られる。得点は兵種によって異なり、騎兵は4や5と高く、槍兵は2だ。第7ターン終了の時点でブルゴーニュ軍はフランス軍より24点リード。ゲーム終了時に相手より7点以上得点が上のプレイヤーが勝利する。フランス軍は敵の大量リードを縮めることができるのか。





つづく

2022年10月17日月曜日

最後の騎士と呼ばれた男  Guinegatte 1479 - La Trêve ou l'Epée(Ludifolie) AAR ③

●第4ターン
 射撃戦で両軍ともに損害を受ける。前ターンに引き続きブルゴーニュ軍は中央で押していくが、両翼、とくに左翼(マップ下)では敵騎兵部隊によって劣勢に立たされている。

 AFdEでは各ターンの最後に回復(Ralliements)フェイズがあり、ブルゴーニュ軍の潰走や士気低下状態ユニットの多くが回復した。回復フェイズでは接敵していないユニットは士気低下状態や潰走状態からの回復を試みることができる。各ユニットには戦闘力(Facteur de combat)のほかに兵質(Qualité)という数値を持っており、10面体サイコロを振って兵質以下の目が出れば士気低下状態から回復できる。ブルゴーニュ歩兵は3分の2が兵質5,残りが4だ。一方フランス軍歩兵の兵質は6割が4,残りが3と、ブルゴーニュ歩兵のほうが高い。
 なおフランスは、百年戦争中の1445年には常備軍の走りとなる勅令隊(compagnies d'ordonnance)が、1448年には各教区ごとに平民が一人を民兵を出すという国民弓兵隊(francs archers)が創設されている。このゲームでのフランス軍の歩兵ユニットには勅令隊と国民弓兵隊が含まれているが、兵質は勅令隊のほうが国民弓兵隊より1高く、常備軍と民兵の違いが現わされていると思われる。

 ブルゴーニュ軍は多くのユニットが回復したものの、フランス軍で遅れ気味だった中央上方のAntoine de Chourses率いる歩兵部隊が戦闘に参加してきているため、中央の多数の敵歩兵部隊に適宜反撃しつつ両翼の騎兵部隊にどう対処するかが悩ましい。逆にフランス軍は中央でプレッシャーをかけつつ両翼の騎兵部隊で早く突破したいところだ。




●第5ターン
 中央の射撃戦で両軍とも大きな損害が出る。兵数で劣っているブルゴーニュ軍としてはこうして消耗戦となるのが痛い。
だがこのターンはブルゴーニュ軍がイニシアティブを握った。マクシミリアンの指揮のもと、中央の仏歩兵部隊に総攻撃を仕掛ける。砲撃で吹き飛ぶフランス軍歩兵。ブルゴーニュ軍は歩兵部隊の指揮官Romont伯が陣頭にたち、仏軍弓兵の防御射撃を受けながらも果敢に白兵戦をしかける。フランス軍の歩兵戦列は崩れ多数が潰走、騎兵部隊も損害を受けた。

 ブルゴーニュ軍を指揮するマクシミリアンだが、ハプスブルグ家の神聖ローマ皇帝フリードリヒ三世を父に持つ。ハプスブルグ家といったらその後何世紀にもわたってヨーロッパにおける有力な王朝となるが、フリードリヒ三世の時代はそれほど勢力が飛び抜けていたわけではないらしい。分裂状態のドイツにおいて、毒にもなにもならない無能者とみなされていたからこそ神聖ローマ皇帝の君主に選ばれた、なんてなことが書いてある文献もある。だがフリードリヒ三世は50年以上の長きにわたって統治し、その子マクシミリアンは初めて教皇による戴冠を受けぬまま神聖ローマ皇帝となり、以来神聖ローマ帝国の君主はローマに出向いて教皇から戴冠を受ける、ということをしないまま皇帝になる。つまりマクシミリアンの代になってドイツの皇帝となったと言えるらしい。
 しかし神聖ローマ帝国ってほんと、ややこしい。大空位時代や金印勅令とか世界史の授業で習った覚えがあるけど。まあとにかくずっと分裂状態で、三十年戦争が有名だけどその前から何世紀も諸侯がずっと勝手なことやっていて、18世紀にはヴォルテールが「神聖でなければローマでもなく、帝国でもない」という有名な言葉を残していますね。

 フランス軍は両翼の騎兵で攻勢を続けるものの、戦果が上がらない。だが後方からゆっくりと進んできた砲兵がやっと戦列に参加、砲撃で敵弓兵を士気低下させた。さらに多くの損害を受けている歩兵部隊では、指揮官を士気低下状態のユニットに隣接させる。指揮官は指揮ボーナス(Bonus)という値を持ち、指揮官と隣接もしくはスタックしているユニットは回復チェックの際、指揮ボーナス分サイの目が有利になるのだ。戦場から逃げ出そうとしている兵たちに指揮官が駆け寄って叱咤激励、士気回復させるというやつである。
 



つづく

2022年10月15日土曜日

(幕間)ギネガテの戦いのブルゴーニュ軍歩兵

  BGGを見ていると、この戦いでのブルゴーニュ軍はスイス歩兵の戦術を採用して勝利したんだからブルゴーニュ軍の歩兵は脆弱な槍兵(Piquiers, Pi)ではなくスイス兵(Suisses, Su)として扱うべきではないかっていう書き込みがあった。

ブルゴーニュ軍の戦術に関してWikiにそう書いてあるらしくて、読んでみると確かにギネガテの戦いで「革新的なスイスのpike squareの隊形がスイス以外の国で初めて採用された」ってある。(ところでpike squareって定訳あるんですかね。歩兵方陣? ドイツ語の文献を読んでいるとGewalthaufenって書かれたりしているけど)


 このゲームのブルゴーニュ軍の槍兵はヘント、イープル、ブリュージュなどフランドルの兵となっていて、フランドルの歩兵といえばギネガテの約180年前にコルトレイク(クールトレ)の戦いでフランスの重騎兵を打ち破っている。それにブルゴーニュ軍右翼歩兵部隊指揮官としてRomont伯がゲームに登場しているが、Romont伯はスイス西部に領土を持っておりスイス軍と戦った経験から、フランドルの歩兵にpike squareを教えたらしい。


 でもね、Wikiですよ。いまいち信用できなくて、そのソースとして挙げてあるHans Delbrück著の『History of the Art of War Volume IV: The Dawn of Modern Warfare』(の原著)を読んでみると、ちゃんと書かれていました。

 ちなみにこれ、もともとドイツ語で書かれていた本で、英訳は入手が難しそうであきらめかけたんだけど、ドイツ語のオリジナル『Geschichte der Kriegskunst, Band 4』がキンドル版だとなんと700円台で売っていたので速攻で買いました。キンドルで読むのは好きじゃないけど、文庫本ぐらいの安さで提供してくれるのはうれしいです。


 ちなみにJ. F. Verbruggerの『The Art of Warfare in Western Europe During the Middle Ages』では、コルトレイク(クールトレ)からギネガテまで、フランドルの歩兵はフランスの騎士に対してしばしば数的優越を有しておりそれが勝利の要因になった、みたいな感じのことがちょろっと書いてある。なお、フランドルはブルゴーニュ公国の勢力圏。あと、VerbruggerはDelbrückの中世の戦術の考察を批判したらしいですね。いずれにせよギネガテに関する資料はなかなか見つからなくて、もしご存じの方がいれば教えていただけると嬉しいです。


 まあとにかく、ブルゴーニュ軍は長い間スイスと戦っていてその戦術を熟知していたらしい。ギネガテの2年前にはブルゴーニュ公シャルルがナンシーの戦いでスイスのpike squareの前に惨敗して戦死しているぐらいだし。ちなみにギネガテ戦いのときにはまだ20歳だったマクシミリアンは、のちにスイス傭兵を模範としてランツクネヒトを育成している。


 それにDelbrückの他にも、中世の軍事史が専門のドイツの教授が書いた本で、ギネガテの戦いでマクシミリアンが長槍を手にGewalthaufenに加わった、てなことが述べられているから、この戦いでのブルゴーニュ軍はスイスの歩兵隊形pike square(Gewalthaufen)を用いていたんじゃないかと思います。


 このゲームのヒストリカルノートによると、ギネガテの戦いではフランス軍の騎兵がブルゴーニュの騎兵を一掃したあと、戦利品の略奪に夢中になってしまったらしい。その間にブルゴーニュ軍の歩兵がフランス軍の歩兵を粉砕、フランス軍は強固な陣形を維持しているブルゴーニュ軍を前にして退却せざるを得なくなった。結果はマクシミリアンの勝利で、圧勝なんて書いてある文献もあった。

  Au fil de l'épéeシリーズのSuはPiに比べるとかなり頑強である。というか、Piは兵種としてかなり弱い。どれくらい弱いかというと、白兵戦で弓兵相手でも不利なDRMがつくぐらい。もしブルゴーニュ軍の主力である歩兵がPiだと、圧勝どころかフランス軍に対してかなり不利になるだろう。ということで、両プレイヤー合意のもとでブルゴーニュのPiはSuとしてプレイしている。


つづく


2022年10月13日木曜日

最後の騎士と呼ばれた男  Guinegatte 1479 - La Trêve ou l'Epée(Ludifolie) AAR ②

 ●第1ターン

 フランス軍が前進を開始、一方ブルゴーニュ軍は少し後退して防御を固める姿勢を見せる。マップ下方の開けた地形がブルゴーニュ軍の弱点なのだが、後退することでマップの下方から右端にかけて流れる小川との距離を短くし防御しやすくするのが狙いである。


 Au fil de l'épéeシリーズ(長いのでAFdEと省略します)はターン制で、部隊ごとに活性化する。部隊の識別はカウンター左上に描かれた紋章(bannière)で区別するんだけど、中世っぽい雰囲気を感じてしまいます。

 また両軍ともに総指揮官(chef d’armée)がいるが、総指揮官を活性化するとその部隊だけでなく、他の部隊に所属しているユニットも総指揮官の士気範囲(rayon de commandement)内にいれば活性化できる。つまりユニットが総指揮官の周辺にいると自分の指揮官と総指揮官の活性化で二度動けることになる。

 フランス軍の総指揮官Philippe de Crèvecœurは最右翼(マップ下方)の騎兵部隊を指揮しており、総指揮官の部隊に隣接する歩兵部隊は2度活性化できる。敵が後退したのを見て、騎兵は持ち味の快速、歩兵は2度の活性化を生かしてフランス軍右翼(マップ下方)は全力で前進した。

 AFdEでは中世の会戦級のゲームによくあるようにユニットに向きがあり、前面にしか移動できない。向きを変えるのにも移動力を消費するため速やかな後退は容易ではない。接敵していると離脱や向きの変更に追加の移動コストがかかるため、さらに後退が難しくなる。そのため、フランス軍は早い段階で敵左翼(マップ下方)を補足し有利な防御態勢に持ち込ませないようにしようともくろんだのだ。



●第2ターン

 フランス軍は引き続き急進、総指揮官直属の騎兵部隊は敵左翼(マップ下方)に回りこもうとするとともに、騎兵部隊の隣のJean de Baudricourt率いる歩兵部隊が前進、弓兵による射撃でブルゴーニュ軍に損害を与える。

 

 部隊の活性化の順番は基本的に、両軍の区別なく指揮官(chef)の指揮値(Valeur)の順なので、どの部隊の次にどの部隊が動くかはほぼ計算ができ、フランス軍の左右両翼の騎兵部隊が最初に、逆にブルゴーニュ軍の両翼の騎兵部隊は最後に活性化することになる。ただし各ターンの活性化の前にイニシアティブの決定があり、両プレイヤーがそれぞれ2D6を振ってその差によっては活性化の順序を変えることができるので、完全に順序が固定しているわけではない。


 後退する姿勢を見せていたブルゴーニュ軍左翼(マップ下方)のPhilippe de Clèves指揮下の騎兵部隊だが、敵騎兵部隊が全力で前進してきたのを見るや迎撃、敵部隊先頭のユニットを叩いた。




●第3ターン

 AFdEでは各ターン、部隊活性の前に射撃フェイズがあり、両軍とも接敵していない弓兵(Archers, Ar)と砲兵(Artillerie, At)は射撃を行える。ブルゴーニュ軍は突出してきたフランス軍右翼(マップ下方)の騎兵部隊に砲撃をくらわせ、装甲騎兵(Hommes d’armes ou sergents, Ha)が潰走(déroute)した。また弓兵の射撃で槍兵(Piquiers, Pi)も潰走、それに巻き込まれて背後にいた弓兵も潰走したうえ、潰走した槍兵は後続部隊が密集していため逃げ場がなく除去されてしまった。フランス軍も応射。サイの目が走りブルゴーニュ軍の弓兵2ユニットが潰走した。

 AFdEでは潰走の場合、自軍マップ端に向かって2へクス後退しないといけないが、その際通過された味方ユニットは潰走する可能性がある。また2へクス後退できない場合は潰走ユニットは除去となるのだが、部隊が密集していると起こりがちである。計画的に部隊を展開させないとね、と経験者は語る。

 

 フランス軍は左右両翼の騎兵部隊が攻撃に出る。左翼(マップ上方)では騎兵3ユニットが突撃。ブルゴーニュ軍騎兵もカウンターチャージで応じる。騎兵同士の激突は質に劣るブルゴーニュ軍の後退に終わった。また、突撃を受けた槍兵は士気低下(découragé)して後退、フランス軍の騎兵は追い打ちをかけ槍兵は壊滅した。AFdEでは突撃は強力で、最大で連続3回の攻撃ができるのだ。


 両翼で損害を受けたブルゴーニュ軍は総指揮官マクシミリアンの指揮のもと、先ほど突撃してきた敵騎兵を撃退。さらに中央では弓兵の射撃で敵を士気低下させ白兵戦(mêlée)で槍兵を壊滅させた。フランス軍は弓兵の射撃でブルゴーニュ軍の反撃に対応しようとするが、損害にかまわず白兵戦を仕掛けてくるブルゴーニュ軍中央歩兵戦列によって押され気味となる。一方、フランス軍が優勢なマップ下方ではブルゴーニュ軍騎兵部隊が後退を余儀なくされた。




つづく

2022年10月11日火曜日

最後の騎士と呼ばれた男  Guinegatte 1479 - La Trêve ou l'Epée (Ludifolie) AAR ①

  「中世最後の騎士」、と聞くと大仰というか中二? と個人的には思ってしまうんだけど、こう呼ばれたのが神聖ローマ皇帝マクシミリアン一世。スペイン王国と神聖ローマ帝国の両大国を治めたカール五世(スペイン王としてはカルロス一世)、GMTの「Here I Stand」でも登場する有名人だけど、マクシミリアンはカール5世のおじいちゃんにあたる。

 マクシミリアンは武芸に優れるだけでなく、芸術にも理解を示すという騎士の理想像を体現していたことから、「中世最後の騎士」と呼ばれたそうだ。「勇猛果敢な胆力」とか「権謀術数を知りながら自ら裏切ることをしなかった」とかいろいろと称賛されている。活躍したのは中世から近世に移り変わっていく15世紀末から16世紀初頭で、まさに中世の終わりである。


 このマクシミリアンが神聖ローマ皇帝になる前、まだ20歳の時にブルゴーニュ軍を率いてフランス軍を打ち破ったのが1479年のギネガテの戦いなんだけれども、百年戦争関連の本を読んでいて、そういやブルゴーニュはどうなったと思ってギネガテの戦いをプレイすることにしてみた。

 中世のブルゴーニュはざっくりいうとフランスの王権を認めながらも半ば独立した公国となっていたらしい。百年戦争の後半ではフランス側はアルマニャック派とブルゴーニュ派に分かれて内紛を繰り返していたけど、百年戦争に勝利してイングランド勢力をほぼ大陸から追い出した後、フランスはブルゴーニュ公国にも手を伸ばす。当時のブルゴーニュは現在のオランダからフランス南東部にかけてを支配下に置き、宮廷文化が爛熟していたそうだ。ホイジンガの『中世の秋』にその辺は詳しいそうだけど、昔読んだはずなのに忘れちゃったな。1430年には金羊毛騎士団なんてのも創設されている。

 百年戦争ののち、1467年にブルゴーニュ公となった突進公シャルル(Charles le Téméraire)がフランスやスイスとガンガン戦争したんだけど1477年にナンシーの戦いで戦死、その一人娘マリーと結婚したマクシミリアンがフランス軍を迎え撃ったのがギネガテの戦いである。ちなみにこの時期、イギリスは薔薇戦争の真っ最中で1470年には白薔薇ヨークのイングランド王エドワード四世が1470年に亡命してきたりしている。


 ゲームは「La Trêve ou l'Epée」(Ludifolie)で、Au fil de l'épée(剣の刃によって)という中世の会戦を扱うシリーズの一つ。このシリーズはVae Victis誌の付録で何作か出されていたけど、DTPやジップロックの単体ゲームとしてもいくつか出ている。比較的ルールが簡単でプレイ時間が短いものが多い。ちなみにあれかな、Au fil de l'épéeってド・ゴールの著書「Le fil de l'épée」(剣の刃)にかけてんのかな。「La Trêve ou l'Epée」は直訳すると「停戦か剣か」。今回プレイするギネガテの戦いのほかに、ブランシュタックの浅瀬の戦いも収録されている。これは仮想戦で、1475年にイングランドのエドワード四世がフランスに遠征するとルイ十一世は戦うことなく金を払ってお引き取りを願ったのだが、もし両者がソンム川の浅瀬でぶつかっていたら、というものである。



 ギネガテの戦いの初期配置は写真の通り。槍兵(Piquiers, Pi)では質量ともにブルゴーニュ軍が上だが、弓兵(Archers, Ar)はフランス軍が質では劣るものの数ではブルゴーニュ軍の1.5倍で5ユニット多く、騎兵に至ってはフランス軍がブルゴーニュ軍の2倍の数を擁するうえ質も高い。しかもマップ下方はスペースが開けており、フランス軍騎兵が数と機動力を生かしやすいようになっている。この戦いは12ターンとAu fil de l'épéeシリーズの中では長丁場になっており、数に劣るブルゴーニュ軍が果たして守り切れるかどうか。


つづく


共和国軍の攻勢から反乱軍の反撃、そして機動戦から消耗戦へ Brunete 1937 (Alea43) AAR part5

 ●第5ターン  残り2ターンである。このゲーム、序盤は共和国軍が圧倒的に優勢であるものの、反乱軍には続々と増援が登場する。下の写真はこのショートシナリオが扱う第1~6ターンの両軍の増援で、一目瞭然、共和国軍には微々たる数しか現れないのに対し、反乱軍は大量の援軍を受け取る。ヒスト...