2026年7月11日土曜日

最後のイギリス征服『The Norman Conquest』

  明日の日本時間未明、サッカーのワールドカップ準々決勝でノルウェー対イングランド戦がありますね。こんな時にはあれですよ、Men of Ironシリーズ「Norman Conquests」に入っているFulfordやStamford Bridgeをやるしかないですよ。イングランドに侵攻したノルウェー軍を、イングランド王ハロルドが撃退した戦い。でもあのゲーム、離れたところにしまっていて、こんなめったにないタイミングだというのにプレイできないという状態で歯噛みしています。

 その代わり、『The Norman Conquest』という本を読み返してみました。ノルマン・コンクエストと言ったら世界史の教科書にも確か載っているぐらい有名ですよね。1066年にノルマンディー公ギョームがイングランドにわたり、ヘイスティングスの戦いで勝利してイングランドを征服するという。でもなんでノルウェー軍と関係があんの? というと、フランスからの侵攻に備えてイングランド南岸で待機していたハラルドが、北イングランドに突如攻め込んできたノルウェー軍に対して急遽北進、打ち破ったと思ったら今度はギョームが上陸してきて、ハラルドは急いでとって返してヘイスティングスで雌雄を決する、という流れがあったんですよね。ノルウェー軍の侵攻はハラルドにとって想定外だったようで、この本にはThis dramatic turn of events, more than anything else, shows how totally unexpected an attack from the north had been.なんて書かれています。

 


 タイトルはノルマン・コンクエストですが、11世紀初頭あたりからイングランドとノルマンディーの状況を書いていてい、ギョームのイングランド侵攻がなかなか始まらないんですよね。まあ、11世紀初頭って言ったらトルフィンがイングランドで活躍していた時代だからいいんですけど。クヌートについても頻繁に触れられています。by the time of his death in 1035, Cnut had transformed the English aristocracy. The old guard of earldormen - descended from royalty, close-knit and long-established - were gone, killed off in the course of the bloody Danish takeover. But gone too, for the most part, were the Danes who had initially replaced them. By the end of his reign, most of England was back under the command of Englishmenとかね。で、本の半分ぐらいになってやっとノルマン・コンクエストが始まります。まあエドワード証聖王のこととか全然知らなかったんで勉強になってよかったんですが。


 しかしなんでハラルドやギョーム(ウィリアム)がイングランド王になれたのかぴんと来なかったんですけど、English kingship was elective - a reign began when the new ruler was recognized by his leading subjectsと書かれていてなるほどね、と思いました。ほかのところでも王位継承について3つの要素を挙げていてa close blood link with the previous kingは当然として、a prospective king ... designated as such by his predecessorというののほかに、一番重要な要素としてelectionと述べていました。もちろん、not in the wide sense in which we use the term todayって断っていますが。

 おもしろかったのがウィリアム征服王がイングランドにchivalryを持ち込んだという指摘でした。ウィリアムってそんなイメージ全くなかったもので…。それまでのイングランドは降伏した相手を殺しまくっていたけれど、ウィリアムは一人も殺していない、そしてchivalryの普及とともに奴隷制も衰退していったってのが意外でした。

 あと、ノルマン・コンクエスト以降、ノルマン人が貴族層をほぼ独占するようになるわけですが、以降のアイデンティティの変遷もざっと書いてくれています。社会の下層ではノルマン人とイングランド人の混交が進んだものの、上層部ではstill hesitated to identify wholeheartedly with Englandなんて書いていて、リチャード獅子心王の「You English are too timid.」という言葉は、獅子心王がイングランド人としてのアイデンティティを持っていなかったということを暗に示している、みたいなことを言っています。でもその後のジョン王のときには変化が進み、王は海外への兵役や重税を課し、As a consequence he succeeded in creating a sense of common identity in England of a kind not seen before the Conquest, as men of all degrees came together to resist the power of the Crown.と書いているんですけど、いかにもイギリス人らしい書き方だなあって思いました。

 約350ページあって、他にもふんふんと勉強になることばかりだったんですが、4年に1度しかないワールドカップの、ノルェイ対イングランドという組み合わせの前に読み返せてよかったです。

2026年7月4日土曜日

ヴィスワ川の奇跡と、赤軍とポーランド軍の壮大なシーソーゲーム 『ワルシャワ1920』

  以前読んだ"1812: Napoleon's Fatal March on Moscow"が読みやすかったので、この筆者、他になんか書いていないかなと思って探してみたら"Warsaw 1920"って本を見つけました。筆者のAdam Zamoyskiはポーランド語とロシア語に堪能のようなので、両国の資料を渉猟して書いたのかな、と期待して読んでみたんですよね。それにAdam Zamoyskiの両親はポーランド出身。1920年のワルシャワって言ったら、ヴィスワ川の奇跡で、ワルシャワ前面まで赤軍に攻め込まれたポーランドが劇的な反撃で攻勢に転じる、という逆転劇を、ポーランドにルーツを持つ筆者がどんなふうに描くのか楽しみーと思って読みました。



 まあでもね、ヴィスワ川まで赤軍が迫ったと聞くと、どうしてもアンジェイ・ワイダの「地下水道」のこのシーンを思い出しちゃんですよね…。全然文脈が違うんですけど。



 この本、序文にはSince the political and diplomatic background has been extensively covered by others ... ,  I have concentrated on the military operations, and in particular on providing a synthesis accessible to the general reader and a succinct overview of what happened and how.なんて書いてあって、おお、ウォーゲーマー向けじゃんとうれしくなりました。そもそもこの戦いのことは全然知らなくて、アントニー・ビーヴァ―の"Russia: Revolution and Civil War 1917-1921"ではThe Miracle on the Vistula  August-September 1920って章を読んだことがあるぐらい。なので軍事面に絞って簡単に書かれている本って自分にはありがたかったです。


 冒頭のほうで赤軍とポーランド軍の兵や装備について説明してくれているんですけど、方や革命後の内戦期、方や第一次世界大戦後に独立したばっかりということで、両軍ともにまあ雑多な感じ。The only really successful combination of firepower with mobility was the Russian tachanka.なんて書いてあって、タチャンカって何? って思ったらこんなのだったんですね。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%AB

それと、The twenty-year-old Vassili Chuikov and the young Georgi Zhukov, ... had already been given regiments to command.なんてこともちらっと書いてあってちょっとうれしくなりました。


 1920年はポーランドがキエフあたりまで攻め込んだ後、逆にワルシャワまで赤軍が迫り、さらにポーランドが反撃という激しいシーソーゲームだったようですけど、なんでそんなふうになったのかなって思っていたら、地形や補給状況などのほかに、ロシア内戦について

Desertion was instinctive when things started going badly. Entire divisions changed sides, and some managed to change back again when the fortunes of war deserted their new ally. This meant a minor setback, if unchecked, could turn a recently victorious army into a disintegrating rabble within a short space of time.

って書かれていて、そういう要素も影響したのかなって思いました。ロシア兵には赤軍への忠誠はまだがっちり浸透していなかったんでしょうかね。


 筆者のルーツからしてポーランドに肩入れした内容になっているのかな、と思ったんですけど、読んだ印象だと中立的な視点で書いているように感じました。まあこの当時の政治状況は全然知らないんですけどね。1920年4月にポーランドが攻勢を開始したことについては、The Polish offensive ... appeared to the outside world as an unprovoked invasion of Russia.なんて書いてあったのも意外でした。まだ欧米諸国や日本が干渉戦争や白軍への軍事支援を続けていたころじゃないの?


 序文で軍事面に集中した、なんて言っているとおり、適度に戦況図が載っていて両軍の動きがよくわかりました。でもね、a kind of encounter that had been banished from Europe with Napoleonなんて書いてあるエピソードがあって、どういうこと? って思っていたら、騎兵同士がサーベルで一騎討をするんですよね。ポーランド軍と赤軍が対峙していて、すでに夕暮れ時なんですが、A colourfully-dressed rider galloped out of the swarm of Cossacks on a magnificent black charger and, waving his sabre above his head, shoutedって感じで戦いを挑むんですよね。その挑戦を受けたポーランド軍の士官がサーベルを左手に持ち、右手とともに十字を作って敵騎兵に向かっていくという、なんか映画のワンシーンになりそうなことが描かれていました。


 まあほかにも、ワルシャワ攻防戦はポーランド軍もぎりぎりでしのいでいたとか、トハチェフスキーは意外と後方から指揮していたんだなとか、知らないことばかりで最後まで飽きなかったです。文章もうまいし。本文は140ページ弱しかないのでサクッと読めます。1920年のヴィスワ川の奇跡について知りたい人にはお勧めなんじゃないでしょうか。


最後のイギリス征服『The Norman Conquest』

  明日の日本時間未明、サッカーのワールドカップ準々決勝でノルウェー対イングランド戦がありますね。こんな時にはあれですよ、Men of Ironシリーズ「Norman Conquests」に入っているFulfordやStamford Bridgeをやるしかないですよ。イングランド...