2022年8月13日土曜日

『十字軍全史』

  SNSの知り合いnyaoさんが『十字軍全史』(ダン・ジョーンズ著)という本について日記に書かれていて、こーちゃさんも早速買われたとのことだったので刺激されて読んでみた。しかし一瞬、「十字軍」→「中世」、「ダン・ジョーンズ」→「ダンジョン」と連想して、RPGの世界に脳が行ってしまいそうになりましたよ。


 ちょっと調べてみると、筆者のダン・ジョーンズの他の著書『テンプル騎士団全史』は世界的ベストセラーと出版元の河出書房は言っているし、『The Plantagenets: The Kings Who Made England』はニューヨークタイムズのベストセラーになっている。『十字軍全史』もアメリカのアマゾンでの評価は悪くない。

 ということで実物を見てみたら、結構分厚い本。こりゃ読むのに時間がかかるかな、と思っていたら、面白くて数日で読み切ってしまいました。


 まずね、文章が悪くないんですよ。歴史の本にありがちな、客観的だけど無味乾燥な文体ではなく、読み手の興味を持続させるような書き方。じゃあ内容はというとしっかりしていて、さすが筆者はケンブリッジ大学で歴史学を専攻しただけのことはある。もちろん自分には書かれている内容の正確さをうんぬんできるほどの知識はないけれど、本書では西欧だけでなくイスラム圏の文献も多く参照して書かれていて、なにせ主要登場人物一覧は15ページ、注釈だけで40ページあるという結構な力作。詳細な索引もついているので、十字軍関連の人物や地名などについて調べるのにも便利。(ただし自分が読んだのは原著の『Crusaders』だけなので、翻訳本で索引などがどうなっているかは未確認です。すみません)


 基本的に第一回から七回までの十字軍の経緯が述べられているのだけれど、イスラム側の視点も結構入っていて、もちろんアンナ・コムネナ様も登場します。十字軍については結構シニカルに描いている印象。それと個々の戦いについてはごくあっさりと書かれている。

 また聖地を目指した十字軍だけでなく、イベリア半島のレコンキスタ、バルト海沿岸の北方十字軍、南仏のアルビジョワ十字軍、13世紀のモンゴル軍の侵入など当時のヨーロッパ・北アフリカ・中東を俯瞰して描かれているので断片的だった知識がつながっていくのが個人的には楽しかったです。

 例えばアルビジョワ十字軍で活躍した(というか結構無茶なことをした)人物としてシモン・ド・モンフォールが出てきて、あれ、それって世界史で習ったイギリスのシモン・ド・モンフォールの乱の人じゃないの、と思っていたら、乱を起こしたシモンと同名で父親らしい。てなことがわかってアルビジョワ十字軍と13世紀半ばのイングランドでの反乱が自分の中でつながったりして、こういう経験って歴史の本を読む醍醐味ですよね。それと、ノルウェイ王シグルドの、イベリア半島をぐるっと回ってパレスチナに遠征・巡礼し、ビザンツ経由で帰国する経緯が書かれているのがぐっと来ました。


 北方十字軍については、ドイツ東部、エルベ川流域以東やバルト海沿岸の異教徒ヴェンド人の住んでいた地域への進出というか侵略にも触れている。12世紀から始まる東方植民、いわゆるDrang nach Osten(東方への衝動)である。そういえば、独ソ戦のDrang nach Osten!というGDWの古いゲームがありましたね。これはたしかバルバロッサ作戦からソ連軍の冬季反攻までを扱ったものだけれど、東方への衝動の20世紀バージョン、という感じで名前を付けたのかな。

 それと、GMTのLevy and CampaignシリーズのNevskyは1240~1242年でドイツ騎士団のバルト海沿岸への進出を扱っているが、この本でドイツ騎士団の成立からバルト海地域への移転についても知ることができる。


 イベリア半島でのレコンキスタも結構説明されている。Nevskyと同じくGMTのLevy and CampaignシリーズでAlmoravidという新作が出たけど、このゲームが扱う1085~1086年の前後の時代のスペインや北アフリカの状況って全然知識がなかったので興味深かった。Almoravidって日本語だとムラービト朝と呼ばれるのが普通だと思うのだけど、王朝名は聞いたことあったけな、というぐらい。ゲームAlmoravidで一方の主役となるレオン・カスティーリャ王アルフォンソ六世って知らんかったわー。 あと、小さなウォーゲーム屋で販売されているALEA誌38号の付録ゲームになっている、1086年のサグラハスの戦いも触れられているのがちょっとうれしい。


 ということで個人的には大満足の本でした。nyaoさん、教えていただきありがとうございます。

 十字軍に興味があったらこの本ですよ、と言いたいところなんだけど、結構分量があるうえ前述のように幅広い地域に話が広がるので、いきなりこの本を読むよりも塩野七生の『十字軍物語』で十字軍のおおまかな流れと主要な人名や地名を知っておくといいかもしれません。



(以前、SNSマストアタックに書いたものです。修正を加えている場合があります)

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