2022年10月5日水曜日

『薔薇戦争全史』となるか、『ホロウ・クラウン』



  薔薇戦争の一般向けの通史ってあんまりなくて、『薔薇戦争』『薔薇戦争新史』ぐらいしか見つからない。でも日本語の本はあきらめて英語で探してみたら今度は大量にありすぎて、何を読めばいいのかわからないぐらい。日本語で戦国時代や明治維新の本が数多くでているのとおんなじ感じですかね。さらに薔薇戦争はシェイクスピア御大がいくつか作品を書いているんだけど、シェイクスピアはイギリスの学校では国語の授業で読まされるらしい。そりゃ英語圏で薔薇戦争関連の本がふんだんに出るわけですよ。『ゲーム・オブ・スローンズ』なんてのまで作られるし。


 どれを読もうか迷っていたら、以前nyaoさんに教えてもらった『十字軍全史』の作者ダン・ジョーンズの書いた『The Hollow Crown』という本を見つけたので、読んでみた。

 「ホロウ・クラウン」といえばnyaoさんやこーちゃさんが書かれていたテレビ映画シリーズで、タイトルがまるかぶりじゃないかと思われるかもしれないけど、The hollow crownというのはシェイクスピアの『リチャード二世』に書かれている言葉なんですね。


All murder'd: for within the hollow crown

That rounds the mortal temples of a king

Keeps Death his court


という一節がもともと。That rounds the mortal temples of a kingがthe hollow crownにかかっていて、Deathが主語でKeepsと倒置になっていて……え、文の構造なんてどうでもいいから訳せ? いや、いろんな翻訳が出ているのでそちらを読んでください。べ、別に訳せないからこう言っているんじゃないですよ。


 と、知ったかぶりしてしまったけど、すみません、シェイクスピアからの引用だったなんでぜんぜん知りませんでした。本のほうは2014年に出版されていてテレビシリーズは先に2012年に始まっているから、テレビとのメディアミックスか何かかな、それとももしかしてテレビシリーズの人気にあやかってタイトルをパクった? とか思いながら本を開いてみると冒頭にシェイクスピアからの引用が載っていました。

 ちなみにこの本のアメリカ版は『The Wars of the Roses: The Fall of the Plantagenets and the Rise of the Tudors』とそのまんまのタイトルになっている。教養のないヤンキーにはシェイクスピアからの引用なんてタイトルにしてもわからんだろ、というマーケティング的観点からですかね。アメリカ人の皆さんごめんなさい。英語もろくに読めない東夷に言われたくないですよね。


 テレビシリーズのほうはシェイクスピアの史劇に則っているみたい(すみません、まだ見ていません。ベネディクト・カンバーバッチのリチャードを見てみたいんですが)だけど、本のほうは史実の叙述になっている。これがまた読みやすいわけですよ。まあ、『薔薇戦争』や『薔薇戦争新史』(の原著の『Lancaster Against York』)を読んでいたときは薔薇戦争に関する知識がGJ65号のリプレイマンガぐらいしかなかったわけで、ヘンリーやエドワードやリチャードが複数出てきて混乱しまくってました。それに比べると今は薔薇戦争の大まかな流れとか主要人物は一応知っているから、『The Hollow Crown』も楽しめる余裕が少しはできたのかもしれないけれど。


 『The Hollow Crown』は、同じ作者の『十字軍全史』のときも感じたけど、読者の興味を持続させるような文体。かといって大げさに誇張しているわけではない。そういえば、『薔薇戦争新史』(の原著の『Lancaster Against York』)で印象に残っている、グロスター公リチャードがいきなりテーブルをバンと叩いて「謀反だ!(Treason!)」と叫ぶと兵たちが部屋になだれ込んできてヘイスティングスたちを連行するシーンは『The Hollow Crown』にはなかったな。

 もう一つ、王位を狙うヨーク公リチャードが、議会が開かれる大広間で王座に手を置くシーン。その場にいる貴族たちは当然承認してくれるだろうと期待に胸を膨らまししつつリチャードが振り向いたら、みんなドン引きしていたという、ギャグマンガに使えそうな場面で印象に残っていたんだけど(英国の歴史の品位を落とすようなこと言ってすみません)、これも『The Hollow Crown』にはなかったです。

 

 でもこのような具体的な場面の描写は抑制しつつ、読者の興味をそらさないのはさすが。というか、資料に依拠して分析はするけど演出はしない、という感じかな。例えば、エドワード四世がエリザベスと結婚したことはウォリックの寝返りを招くなど失策とされることが多いと思うんだけど、『The Hollow Crown』でもそういう点は指摘しつつ、なんでわざわざそんな結婚をエドワードがしたのかという分析もしています。そういえば、イングランド王が臣下の家から王妃を娶るなんてことはエドワードまで約400年の間なかったという指摘も意外。あと、ボズワースの戦いはわりと詳述していたな。


 『薔薇戦争』や『薔薇戦争新史』は百年戦争の途中から書き起こしているけど、『The Hollow Crown』もヘンリ―六世が生まれる前年の1420年から始まっていて、ヨークの血を引く最後の有力貴族が1525年のパヴィアの戦いで戦死するまでの約百年間を主に描いています。最終章ではエリザベス一世やシェイクスピアにも触れているけれど。ダン・ジョーンズの著書は『十字軍全史』と『テンプル騎士団全史』というタイトルで和訳本が河出書房新社から出ているから、『The Hollow Crown』も『薔薇戦争全史』って名づけて翻訳が出ないかな。






(以前、SNSマストアタックに書いたものです。修正を加えている場合があります)

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