2022年10月7日金曜日

軍事メインの百年戦争通史

  百年戦争といったらアストラギウス銀河で繰り広げられたギルガメスとバララントの戦争。はじめは局地戦が続いていたが、そのうち戦線が拡大し二つの星系に属する200あまりの惑星が戦火に巻き込まれていった……じゃなーい!! 英仏間の戦争のほうですよ。14世紀から15世紀にかけての。ル・シャッコとかロッチナとか出てきませんからね。装甲騎兵が活躍したというのは同じだけど。

 この戦争について読みやすい本だと、中公新書の『百年戦争』と集英社新書の『英仏百年戦争』があるけど、ほかにないかなと探していて見つけたのが『A Brief History of the Hundred Years War』。ただどんな基準で買おうと思ったのか自分でも覚えていない。たぶん酔っ払いながらアマゾンを見ててよく考えずにポチってしまったんじゃないかと。そのせいか長いこと積読になっていたけど、最近本棚に埋もれているのを発見して読んでみました。



 読んでいると、この作者は軍事が好きなんだなーというのが随所で感じられて、どんどんページが進みます。例えばクレシーの戦いはその前後の状況も含めると10ページ近くを割いて描写している。あの戦いでは一翼を任されていた16歳の黒太子が苦境に陥り、父王エドワード三世に援軍を求めるが王は却下。そのとき王が言ったという有名なセリフ「Let the boy win his spurs(あやつに手柄を立てさせよ)」もちゃんと紹介されています。ただし、王は救援を派遣したと書かれている年代記もある、ということも指摘しているけど。資料によって言っていることが違うという、中世あるあるですな。ほかにもエドワード三世の戦略を、三方面からの小規模だが協調の取れた攻勢だと分析したりとか、イングランド軍の略奪・焦土戦術chevauchée(騎行)について南北戦争のシャーマンのジョージアへの侵攻との類似点を挙げたりとか、ウォーゲーマーが喜びそうな内容が結構書かれていています。


 個人的にはヘンリー5世が1422年に急逝した後はイングランド軍はダメダメだったというイメージがぼんやりとあったんだけど、1424年のヴェルヌイユ(Verneuil)の戦いが第二のアジャンクールって感じで紹介してあったりして、百年戦争後半はジャンヌ・ダルクだけじゃねーぜ、ということがよくわかります。というか軍事面が好きな作者だからだろうけれど、ジャンヌ・ダルクに関しては結構あっさりした叙述でした。まあ、そうなるよね。ヴェルヌイユの戦いは戦況図まで載せて説明してあるうえに、イングランド軍の総指揮官ベッドフォード公がポール・アックスをふるって奮戦したなんて逸話も載せていて、あーこの作者は戦いが好きなんだろうなと思いました。しかしベッドフォード公がフランスで苦労しているのに弟のグロスター公ときたらいらんことやりよって…。


 あと、クレシーやポワティエ、アジャンクールなどイングランドが大勝したことで知られている戦いも、余裕で勝ったわけではなく場合によっては結果が逆になっていたかもしれないということが書かれていて面白かったです。それに百年戦争って陸戦ばかりという印象だったけど、結構フランス側が制海権を握ることがあってイングランドでは襲撃や侵攻におびえていたというのも意外。フランス側にスコットランド兵が加わって大陸で一緒に戦っていたこともよくわかりました。


 それと面白かったのが、イングランド軍はフランスでの略奪や身代金でかなり儲かったということ。特に百年戦争前半は景気が良くて、イングランドの貧しい身分の人も喜んで戦争に加わって一財産築いたとか。草木一本残さず奪って荒らしまくる焦土戦術は黒太子のchevauchée(騎行)のイメージが強かったけど、イングランド軍の常套手段だったんですね。エドワード三世も借金まみれだったようだし、人口が少ないイングランドとしては豊かなフランスに攻めていって奪えるだけ奪うのが戦争経済上、効率よかったのかな。税制をきちんと整備して領邦国家としての体制を整えていったフランスと好対照。そりゃイングランドが最終的には負けるわけですよ。

 

 筆者のDesmond Sewardはフランス生まれでケンブリッジ大学を卒業しており、中世を中心に歴史の本を数多く書いている。今年亡くなったみたい。軍事好きと勝手に思っていたけど、カラヴァッジョの伝記とか、日本語訳も出ている『ワインと修道院』なんて本も出しています。


 今回読んだ『A Brief History of the Hundred Years War』は、もともとは1978年に"The Hundred Years War"という書名で出ていたんだけど、A Brief History of(略史)という文言がタイトルの前について再版されたものらしい。略史ってつけたほうが読者が気軽に手に取ると考えたのかな。実際、ペーパーバック版の判型は日本の新書版を一回り大きくしたぐらいで、ページ数も実質260ページぐらいと、内容量は新書と変わらない感じ。でも索引がちゃんとついていて、この辺は日本の新書も見習ってほしいですな。編集の手間がかかるから値段が上がっちゃうだろうけど。


 というわけで、期待せずに読んだわりには満足できる本でした。今度MoIでクレシーかポワティエをやってみるかな。イングランド軍が苦戦したら「Let the boy win his spurs!」と気合を入れることにします。








(以前、SNSマストアタックに書いたものです。修正を加えている場合があります)



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