いまさらですがウクライナの戦争のことを全然知らないのはまずい、コンパクトにまとまった本はないかな、と思って探していたんですけど、みつけたのがこの本、『Der Krieg gegen die Ukraine』。直訳すると『ウクライナに対する戦争』となるのかな。出たのは2022年10月ですけど書き終えたのはロシアのウクライナ侵攻の5カ月後って書いているから、去年の7月末に脱稿したってことなんでしょう。そのため、最新の情報は当たり前だけど載っていません。
というか、副題みたいなものとして「Hintergründe, Ereignisse, Folgen」って書いてあるけど、Hintergründe(背景)がこの本の約半分を占めているんですよね。しかも戦争の背景として2022年の侵攻の直近のことよりも、1991年のウクライナ独立以降の約30年が主に書かれています。なので、私のような知識のない人間には今読んでも役に立つかなと思いました。本文も120ページほどしかなくてちょうど日本の新書ぐらいの分量だから読みやすいし。
戦争の背景について書かれた部分が半分を占めるだけでなく、タイトルにもなっている「Der Krieg gengen die Ukraine」という言葉に筆者は2014年のクリミア併合とその後に続いたドンバス地域での紛争も含めているので、2022年2月からのロシアの侵攻そのものについての説明は結構少なめ。なので、去年の2月からの戦況の変化を知りたい、といった人にはこの本は向いていないと思います。それに、筆者はドイツのベルリン・フンボルト大学の教授で東欧問題の研究所の所長(Direktorin)だそうなんですけど、比較政治学が専門だからか、この本は軍事色は薄いです。まあ、社会的および政治的力学に重点を置いたって序文に書いていますからね。
と、こんな風に書くと面白くなかったように聞こえますが全然そんなことなかったです。結構忙しい時期で隙間時間しか読むのに使えなかったんですけど、勉強になることが多くてどんどん読み進めてしまい、仕事するふりしながら(←おい)こそこそっと辞書を引きつつ1週間弱で読み終わってしまいました。
筆者は、この戦争においてプーチンは明らかに重大な責任を負っているけれど彼個人だけの問題ではないという趣旨のことを述べたうえで、戦争が起こった背景にある主要な要素を7つあげています。その中でもロシアの専制化とウクライナの民主化・西欧への接近が重要だと筆者は考えているようですが、個人的に興味深かったのが「国家が中心となったウクライナのアイデンティティの強化(die Stärkung einer staatszentrierten ukrainishen Idetität)」というもの。民族、言語、地域、社会などによるアイデンティティよりも包括的なウクライナ市民としてのそれの強化が様々な調査によってあらわれており、特に2014年のマイダン革命以降は加速化しているそうです。ロシア語を母語とするゼレンスキーが大統領に当選したっていうことからもこのことはうかがえるそうですね。
あと、世論調査を根拠にウクライナ人の意識を説明しているのが結構勉強になったかな。それと、クリミア・タタール人についての言及も結構あって、個人的には好感が持てました。
この本のドイツでのレビューをちょっと見てみたらおおむね好評っぽいです。でもなかには、なんでこんな戦争を起こしたのかというプーチンの動機をシンプルに知りたいという人には向いていない、なんていうコメントもあったけど、まあそのとおりです。でも今の段階でプーチンの動機をこれだって提示するのはむずかしいんじゃないかな…。
ちなみにこの本の筆者は、今年の9月に『Russia's War against Ukraine』っていう英語の本を出すらしいけど、もしかして『Der Krieg gegen die Ukraine』の英訳本なのかな。
ところで話が全然変わりますが、先日「ヴィンランド・サガ」に関するウェビナーに参加していたら、作者がなんでミクラガルド編を描かなかったかについてちょこっと説明してくれていました。トルフィンたちが一角獣の角を売るためにミクラガルド(コンスタンティノープル)まで行って帰ってくる過程は、ヨムスボルグ以降はばっさりとはしょられていてビザンツ好きとしてはなんと言いますか悔しい思いをしていたんですよね。
「ヴィンランド・サガ」の作者によると、キエフ経由でミクラガルドまで行く行程を描くために取材旅行を2014年に計画していたら、マレーシア航空の撃墜事件があっていけなくなったそうです。そうか、ウクライナ情勢は「ヴィンランド・サガ」にも影響を与えていたのか、マジでプーチンやめてくれよ…って思いました。いや、漫画だけでなく多くの人の生活に多大な影響を何年にもわたって及ぼしているわけですから、早く終わってほしいと切に願います。
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