2023年12月9日土曜日

新書にして、ヒストリ屋で売ってくれないかな ー『中世の軍事史』

(この記事は「War-Gamers Advent Calendar 2023」に参加したもので、12月10日分です)


  今年3月に書泉グランデで「ヒストリ屋」っていうフェアがありましたね。中世から近世ヨーロッパを扱った書籍やグッズを販売したり、トークイベントがあったり(でも自分は辺鄙なところに住んでいるもので行けなかったよ…)。このフェアのときに個人的にはおおおぅと驚いたことがありましてね。ずっと入手困難だった『中世への旅 騎士と城』という本があるんですけど、書泉が版元に掛けあって再版、ヒストリ屋で売られたんですよ。しかもその経緯がすごい。再版したって売れなかったら版元としては利益にならないわけなんですけど、書泉は再版分を全部買い取るって言って白水社を説得したらしいんですよ。すげー。書泉さんは漢ですな。かくありたし。

 自分が書店員だったらこんなこと言って大丈夫なのかってビビってしまうんですけど、このフェアの2日間で300冊を見事売り切ったそうです。この数字だけでもなんか熱量が伝わってきますなー。(リンク先のタイトル、「年商30億円でも赤字」ってところは気にしない気にしない)

 しかも再版した「中世への旅」シリーズ、当初は書泉グランデだけでの販売の予定が、重版出来となって全国の書店でも購入できるようになったという展開も。今年10月頭にはヒストリ屋は常設コーナーとなっています。


 ということで、中世が熱い(一番熱いのはヒストリ屋を企画した書店員さんなんですが)。でもね、ウォーゲームで中世のものといったらお寒い限り(中世とは何ぞや、という問いはここでは置いておいてください)。GMTのMen of Ironシリーズのほかに、同じく会戦級のAu Fil de l'Epéeっていうシリーズがあるんですけど、そのデザイナーのフレデリック・ベイ氏も中世のゲームは売れないってなことを言っていました(涙)。

La Garde Avance! - Explipartie avec Frédéric Bey | Waterloo 2023 - YouTube

(↑この動画の12:30~14:30あたりです。ナポレオニックの話なのに、無理くり中世のゲームについて質問してみました)

 しかしですよ、GMTのLevy&Campaignシリーズは続々と新作が出ているし、MoIシリーズは新作「Norman Conquest」がもうすぐ発売だし、「Men of Iron Tri-pack」も再版が決まっているし。潜在的な需要をもっと掘り起こせばいいはず。そのためには手ごろな分量・値段で中世の軍事史の本があればいいんだけどなあ。『戦闘技術の歴史2 中世編』というのがあるけど、結構いいお値段がするし。

 …と思って探していたら、ずばり『中世の軍事史』というタイトルの本を見つけました。新書サイズでページ数も百ちょっとしかないというお手軽な本で、5世紀から15世紀までの千年にわたる中世の軍事史を概観している一冊。

 この本『Militärgeschichte des Mittelarters』の著者は中世軍事史を研究しているドイツの大学教授ということで、結構期待しながら読んでみたんですけど、冒頭に

「第二次世界大戦の経験から、何十年にもわたって軍事に関することは非常に懐疑的に見られてきた。そのため、ドイツでは軍事史は歴史研究の中の一分野としては長い間確立されず、中世の戦争はイギリスやフランスとは違い体系だって研究されてこなかった。」

なんて書いてある。がーん。いきなり読者のモチベーションを打ち砕くようなこと書かないでよ…。

 でもね、こういう状況は1990年代から少しずつ変わってきたらしいです。気を取り直して、Men of Ironシリーズに登場する戦いについてどんなこと書かれているのかなと思いながら読んでいたら、十字軍と百年戦争でそれぞれ一章あるうえに、「Fußkämpfer auf dem Vormarsch(歩兵の台頭)」というタイトルで14世紀について一章が設けてある。それとMoIシリーズの新作「Norman Conquests」に関連して、「Ritterideal und technische Neuerungen: Die Krige des 11.-12. Jahrhunderts(騎士の理想と技術革新:11-12世紀の戦争)」っていう章があります。まあ、ドイツの教授が書いた本だけあってドイツの事例の方が多く載っていたけど。それと、騎士の突撃の威力について「バビロンの壁に穴をも穿つ」っていうアンナ・コムネナの言葉も引用されていたな。やっぱアンナ様、あの時代の歴史家としては有名人ですからね。

 ちなみにノルマン・コンクエストと言ったら、以前のブログにも書いたけど、MoIシリーズの「Infidel」の参考文献として挙げてある『Victory in the East: A Military History of the First Crusade』という本があって、タイトルどおり第一回十字軍の軍事史なんだけど、ノルマン・コンクエストについても結構詳しく書いてあったなあ。


 それと、この本では銃が次第に使われるようになってきたことについても述べられているんだけど、銃(Büchse)の利点はその威力ではなく、製造が安価で扱いが簡単だったことって書いてある。まあ、Büchseっていう言葉でどこまで含めているのか、知識のない自分には茫洋としているんですが。ははは…。それはさておき、銃は弓に比べると兵の訓練の期間が短くて済むっていうのは他のところでもちらほら目にしたことがあるんだけど、弾も含め銃の製造がクロスボウなどに比べると簡単だったって書いてあってちょっと意外。日本の戦国時代については銃や弾薬が安価だったって自分は聞いたことがないけど、日本でもそうだったのかな。まあ時代が百年ぐらい違うから単純に比較するのが間違っているんでしょうけど。


 『Militärgeschichte des Mittelarters』はドイツのCHベック社のWissen叢書の一冊。この叢書の本だと、角川新書から『第三帝国』っていう翻訳書がでていますね。ウォーゲーマーだったら読んだことのある人も多いんじゃないでしょうか。『第三帝国』の訳者あとがきによると、Wissen叢書は「最新の研究状況を踏まえ、そのテーマに関する包括的な視座を提供する、信頼性の高いシリーズとして定評がある」そうです。『Militärgeschichte des Mittelarters』も角川かどこかが新書で翻訳を出してくれないかなー。それでヒストリ屋で売ってくれたら、「中世の戦争には興味あるけどウォーゲームはちょっとね、やったことないし周りでもやっている人いないし…」なんて層の目にとまって、本の隣にはMoIも並べてあって思わず手が伸びる…なんてなことを夢想してしまいましたよ。


2023年12月2日土曜日

アンナ・コムネナのお誕生日に、『ビザンツ帝国 生存戦略の一千年』

  12月2日はアンナ・コムネナの誕生日で、今年で940歳。まあ、12世紀に活躍した人ですからね。今日は漫画『アンナ・コムネナ』関連のイベントが書泉グランデであるんですけど、先日からイベントの告知やら早々に定員に達したなんてお知らせやらアンナ様関連のことがツイッターで目についたので、アンナ様と言ったらビザンツということでビザンツ関連の本を読んでみました。


 ビザンツについての本はいろいろ出ているけど、今回読んだのは『ビザンツ帝国 生存戦略の一千年』。この本、2018年に出版されているんですが、今年の10月に新装版が出ているんですよね。もしかして、『アンナ・コムネナ』の影響でビザンツに興味を持つ人が増えている? でも、自分が持っているのは原著の『The Lost World of Byzantium』のペーパーバック版。だって、安いんだもん…。白水社さん、すみません。

 この本、ビザンツの通史なんですけど、結構軍事面も書かれているんですよね。ニケフォロス・フォカスのクレタ奪還戦についても、上陸直後の脆弱なビザンツ軍を攻撃しようと待ち構えているアラブ軍に対し、船に傾斜台を装備して歩兵も騎兵もフル装備のまま下船、上陸して即座に戦闘できるようにしたとか、千年の通史にここまで書く? ウォーゲーマーとしては嬉しいんですが。11世紀後半にはノルマン・コンクエストの影響でアングロ・サクソン系の傭兵が増えたとかも書かれてあったなあ。それとヘラクレイオス1世の対ペルシア戦役なんかも、西方で敵を抱えつつもペルシアの虚を突いたりとか意外と詳述していて、この時期を扱ったゲームがあったらやってみたいなと思いましたよ。しかしヘラクレイオス、西方でアヴァール人を打ち破り東ではペルシアに大きな勝利を収めて領土を回復したのに、数年もしたら勃興期の超イケイケのイスラム勢力がなだれ込んでくるなんて、次から次へと外敵の脅威にさらされたビザンツ帝国を象徴するような生涯ですな。


 Vae Victis誌162号のヒストリカルノートにユスティニアヌス帝からマンジケルトまでの帝国東方の戦役が描かれていたんだけど、そこで読んでいた内容や人物が『The Lost World of Byzantium』を読んでいると出てきて嬉しくなりました。西欧から来た傭兵指揮官でアナトリア高原に実質的な自治領を打ち立てたRoussel of Bailleulも、ちらっと触れられていたしね。VV162号の付録ゲーム「Basileus II」に含まれている戦いが全部出てこないかなーなんて期待してしまいましたよ。

 でもね、Vae Victisの記事は当然人物名がフランス語表記なんですよ。ユスティニアヌスはJustinienだし、ニケフォロス・フォカスはNicéphore Phocasだし。一方の『The Lost World of Byzantium』は、なるべく元のギリシア語表記に忠実に表記しようとしたそうだけど、固執はしてなくて、Johnとか英語で知られた名前の場合は英語表記にしたそうです。なので自分の頭の中でもいろんな表記が入り混じってしまって、やっぱり日本語で読めばよかったよ…。

 とはいえこの本、全体的に文章は平易なうえに、事実の羅列ではなくなんと言うか物語的に読めました。出だしからして、16世紀半ばのイスタンブールであるフランス人がビザンツの遺構探しにはまってしまうところから始まりますし。なのでサクサク読み進められたんだけど、1204年に第四回十字軍にコンスタンティノープルを占領されて以降は、なんというか文章が悲哀を帯びていて、読むスピードも遅くなってしまいました。いや、文章というよりは、読んでいる自分が「ああ、これからもう滅亡に向かって衰退していくんだよな…」って気持ちで読んでいるからなんでしょうけど。

 あと、本の最後にはビザンツ帝国の残した教訓として、強靭な社会は、もっとも危機的な状況においてすら、適応し外部の人々を取り入れることができるのだ、みたいな感じのことが書かれていたけど、なんか今の日本はどうなんだろうと思ってしまいました。

 ペーパーバック版だと本文が250ページもないので、それほど負担にならずに読めるんじゃないでしょうか。残念ながらアンナ様はほとんど出てこないけど、ビザンツの通史を、新書よりはもうちょっと詳しく、でもそんなに肩に力を入れずに読みたい、という方にはピッタリかと思います。


マーケット・ガーデン80周年なので読んでみた、『9月に雪なんて降らない』

 1944年9月17日の午後、アルンヘムに駐留していた独国防軍砲兵士官のJoseph Enthammer中尉は晴れわたった空を凝視していた。自分が目にしているものが信じられなかったのだ。 上空には 白い「雪」が漂っているように見えた。「ありえない」とその士官は思った。「9月に雪な...