2026年3月27日金曜日

モスクワは燃えているか?- クリミア・ハン国のロシア侵攻 Molodi 1572 (VV184) AAR Part2

 ●第1ターン(1571年3月)つづき

 タタール軍によっていきなり要塞を落とされたロシア軍。要塞陥落による同盟勢力の離反を防ぐために、マップ右方のリャザンにTcherkasskyの部隊を派遣。ロシア軍のほとんどの要塞はタタール軍の通過を防ぐ防衛線の北にあるが、リャザンは南に位置するため、次ターンの敵増援に強襲される可能性があるのだ。またマップ左方ではTroubetzkoyの部隊が、渡渉点を探していたChambouliを追い払った。



●第2ターン(1571年4月)

 タタール軍にはDevler一世が率いる5ユニットが増援としてマップ南端に登場。リャザンを守っているTcherkasskyに会戦を仕掛けることも考えたが、互角の兵力で会戦を挑むのはリスクが大きすぎる。先述のように負けてしまった場合、同盟勢力が動揺してしまうのだ。同盟勢力の信頼を戻すことはルール上できないようになっているため、慎重にならざるを得ない。それよりも、このターンの移動フェイズの終了時に2か所でオレンジの防衛線の渡渉点が発見できることになる。南端から登場したDevler一世は自軍の攻勢方向を敵に絞らせないよう、2か所の渡渉点の間に移動した。


 一方のロシア軍だが、次ターンにはタタール軍が防御線を越えてくるうえ、さらに敵には4ユニットの増援が登場する。まだタタール軍は砲兵を登場させていないが、大兵力と砲兵のコンボで攻撃されればレベル3の要塞でも危うい。要塞の陥落による同盟勢力の離脱を防ぐため、モスクワ大公国はマップ右方のリャザン、中央のツーラ、それに左方のOdoevをそれぞれ4~5ユニットで防御することにした。敵に会戦を強いられることのないよう、これらの部隊は守備隊に変更。L'or et l'acierシリーズではユニットは指揮官に率いられた軍(Armée)と、要塞に籠っている守備隊(Garnison)に分けられる。軍の状態でいるときに敵に攻め込まれると戦闘が発生するが、守備隊の場合は攻囲戦(Siège)となり、要塞のレベルに応じた防御効果が得られるのだ。



●第3ターン(1571年5月)

 ロシア軍防衛線で渡渉点が発見された。タタール軍はマップ右方のDevler一世が防衛線を越え、レベル1で守備隊のいない要塞を鎧袖一触で陥落させる。そして主力のTereberdeyは砲兵を動員、増援と合流して大兵力でマップ左方、レベル2の要塞Odoevを強襲した。

 

 L'or et l'acierシリーズの要塞攻囲戦は、砲撃の後、攻防の戦力比で損害結果判定、というラウンドを繰り返し、守備隊が壊滅して要塞レベルもゼロになれば陥落だ。ラウンド数は攻囲戦開始時にサイの目で決まるため、攻撃側が優勢な兵力であったとしても時間切れで陥落まで至らず、というケースも起りうる。ただし攻撃側の兵力が多いとラウンド数も多くなる。

 戦力比の決定では3対1以上は同じ戦闘比列となるため、攻撃側が圧倒的な兵力であってもその優位を生かしにくい。さらに、戦闘結果表で戦力比の列を決定した後に要塞レベルがそのまま左コラムシフト数となるため、レベル3の要塞は大兵力相手にかなり頑強に抵抗できる。

 ただし砲撃によって要塞レベルを減少させることが攻撃側は可能で、実際このシリーズの前作、オスマン帝国のハンガリー征服を扱った「La conquête de la Hongrie 1526」ではオスマン側の優勢な砲兵によってあっという間に強力な要塞が陥落したりする。ちなみに「La conquête de la Hongrie 1526」をプレイするときは『夢の雫、黄金の鳥籠』は必読だよね。スレイマンもイブラヒムもユニット化されているから。まあそれはさておき、この「Molodi 1572」ではタタール、モスクワ両軍とも砲兵が1ユニットしかないため、砲兵がどこに投入されるかで敵の主攻勢軸が絞れたりする。


(つづく)


2026年3月21日土曜日

モスクワは燃えているか?- クリミア・ハン国のロシア侵攻 Molodi 1572 (VV184) AAR Part1

  先日ブログで紹介したVaeVictis184号の「Molodi 1572」をプレイしてみた。といってもゲームタイトルになっている1572年のほうではなく、その前年の1571年シナリオ。1572年のMolodiの戦いではモスクワ大公国がクリミア・ハン国に対して決定的な勝利を収めているんだけど、1571年にはモスクワまで攻め込まれて街が焼き払われている。イヴァン雷帝は涙目だったでしょうなあ。最近ナポレオンのモスクワ侵攻の本を読んで、そういやその約250年前にもモスクワ大火ってあったよね、とプレイしてみたわけである。ところで1571年と言えば信長による比叡山延暦寺焼き討ちがあった年。洋の東西でそんなに燃さんでも…。

 ゲームはL'or et l'acier(黄金と鉄)シリーズ。このシリーズではつい最近小さなウォーゲーム屋さんから「Bicocca (1522) / Pavia (1525)」が発売になったけど、VaeVictisのほうでもオスマン帝国のハンガリー征服とか、フランスのブルターニュ征服とか、結構コンスタントにこのシリーズのゲームが出ている。

 マップには上端にモスクワがあり、クリミア・ハンの軍勢が南から攻め込んでくる。ところでクリミア・ハンってなんか長いので、このAARではタタールって表記することにする。VVのヒストリカルノートでもTatarって繰り返し使っているし。一方のモスクワ大公国のほうだけど、なんか調べてみたらイヴァン4世は1547年にツァーリとして戴冠してロシア・ツァーリ国を自称するものの、他からはそのままモスクワ大公国って呼ばれていたらしい。ヒストリカルノートでもla Moscovieって呼んでいる。ルールでは一ヵ所だけ、Tsar de toutes les Russiesって書いてたりするけど。まあとにかくモスクワ大公国ってのも長いので、基本的にロシアってこのAARでは呼ぶことにする。

 マップ上で青やオレンジ、赤のマーク(VFと数字がついているもの)は要塞で、ぱっと見てわかるようにロシア軍は要塞戦を築いている。それだけでなく、赤とオレンジの点線はオカ川とその支流を利用したロシア軍の防衛線(lignes fortifiées ou barrières)を示していて、タタール軍がこのラインを越えるためには渡渉点(gué)を見つけないといけないのだが、それには2ターンかかるので、機動力のあるタタール軍と言えども簡単にはロシア深奥に攻め込めない。


●第1ターン(1571年3月)

 南から現れたタタール軍の軽騎兵のChambouliが快速を活かして浸透、渡渉点を探す。渡渉点は次ターンの移動フェイズ終了時に発見となるため、第3ターンになってからタタール軍はこの防衛線を越えられることになる。なお、Chambouliは渡渉点が見つかっていなくてもロシアの防衛線を越えて移動ができる。

 ところでこのChambouli、渡渉点を探すだけでなく捕虜(captifs)をとって勝利得点を稼いだり、略奪(fourrager)をやって補充ポイント(Point de Recrutement, PR)を得たりすることができる。軽騎兵が敵の住民をかっさらったり食料を略奪したりするのって、なんだか遊牧系の騎馬民族っぽいんだけど、Chambouliって何?と思って調べてみたら、たぶんこれのことのようだ。

Чамбул

タタールの騎兵の、機動力のある分遣隊で、ステップを越えて移動し住民を襲うらしい。ルールかヒストリカルノートで解説しておいてよ。

 

 軽騎兵を前方に放つ一方、Terberdey率いる5ユニットがロシア要塞群南西端のOrelを強襲、1ステップロスのみの損害で陥落させた。この要塞はレベル2なのでタタール軍は勝利得点2を獲得。それだけでなく、モスクワ大公国の同盟勢力が動揺してしまう。


 このゲームではタタール、ロシア両軍ともに同盟勢力を持つ。タタールの主要同盟勢力(Allié majeur)はノガイ・ハン国、中小同盟勢力(Allié majeur)は北コーカカス・ハン国(Khan du Nord Caucase)だ。ロシア側にはコサックとカザン・ハン国がついている。これらの同盟勢力は、自陣営のレベル2以上の要塞を落とされたり、会戦で敗北したりすると動揺する。そういったことが2回起こると中立状態になり、同盟勢力に属するユニットはゲームから取り除かれてしまうのだ。

「え、あと一つ要塞をとられたらコサックとかが離れていっちゃうの? 要塞を奪還したら同盟勢力の忠誠心がまた戻ったりしないの?」

「残念ながらそういうルールはないんだよ。一度失った信頼は取り戻せないってことかな。人生だよな」

「マジか~」

いきなりのピンチに動揺するロシア軍プレイヤーである。

(つづく)


2026年3月15日日曜日

12世紀イングランドの内戦を引き起こした一隻の船、『The White Ship』

 「Men of Iron Tri-pack」が再版されましたね。しかもシリーズ第6作の「Purgatorio」も出て、いやー、嬉しい。MoIシリーズは比較的シンプルなルールで多くのシナリオを楽しめるので、ハマる人がもっと出てくるといいなー。



 というわけでMen of Ironシリーズの関連書籍をちらほら読んでいるんだけど、今回は第5作「Norman Conquests」関連。ノルマン・コンクエストって言ったら世界史で習うぐらいメジャーだし、ノルマン人の南イタリアとシチリアの征服も『ノルマン騎士の地中海興亡史』が去年復刊されてるんですけどね、収録シナリオの一つ、Tinchebrai 1106についてもっと知りたいな、と思いまして。1066年のノルマン・コンクエストから12世紀半ばのプランタジネット朝成立までの200年弱ってぼんやりとした印象しかないんですよね。

 今回読んだのは『The White Ship』という本。The White Shipって言葉だけ見るとなんかいいイメージが湧いてしまいますが、イギリスの歴史においては悲劇の船らしいんですね。1120年、The White Shipはノルマンディーの港を出てすぐに沈没、乗っていたイングランド王の跡継ぎをはじめ王族、貴族が多数死亡してしまいます。この海難事故はイングランドとノルマンディーでthe Anarchy(無政府状態)と呼ばれる15年の内戦を後に引き起こすことになるんですが、ニューヨークタイムズのベストセラーにもなったDan Jonesの『The Plantagenets』もこのThe White Shipの難破から書き起こしていますね。『The White Ship』ではThe shipwreck impacted spectacularly on the next generation, resulting in the bloodiest anarchy that England has ever suffered.  'No Ship that ever sailed brought England such Disaster,'なんて書いています。

 それだけインパクトのあったホワイトシップの難破ですが、この本『The White Ship』はそれを中心にノルマンコンクエストからプランタジネット朝の開始までを概説しています。冒頭に触れたTinchebraiは征服王ウィリアムの死後、兄弟間の争いで起こった戦いで、この経緯についても説明していて、あの戦いが自分の頭の中でその前後の歴史の流れとつながって助かりました。それに、この本、結構わかりやすい文章で書かれているんですよね。おかげでさくさく読めました。

 しかしまあ、イングランドって結構内紛続きだったんだなっていう印象です。まあ征服王ウィリアム自身がノルマンディーにいた子供のころから結構大変な状況に置かれていて、William even awoke one morning to find his chamberlain in the bed next to him, his throat slashed open in silent assassination.なんてエピソードも載っていました。ウィリアムが存命のうちはその強権で国内はある程度安定してたようですが、As soon as the Conqueror died... his attendants fell upon his belongings in an orgy of self-enrichmentだそうです。そりゃごたごたが起こってもおかしくない。

 でも1106年のTinchebraiの戦いでヘンリーⅠ世が兄弟喧嘩を制したあとは、His rigid control of the English aristocracy....had helped to lay down a third of a century of peace there.だそうです。そして跡継ぎもちゃんと育って安心……と思っていたら、ホワイトシップの悲劇が起こるわけですね。ヘンリーⅠ世の死後のthe Anarchyに関しては、The days of the Conqueror's strong rule - when, it had been claimed, a girl laden with gold could cross the land unmolested - were long gone.とか書かれちゃってます。ほかにもEngland had fallen spectacularly from the strictly administered harmony of Henry to the bloody purgatory of Stephen.ってあって、おお、Men of Ironの新作のタイトルとこんなところでつながるとは、と本筋と関係ないところで嬉しくなりました。

 ヘンリーの死後の内戦はDan Jonesの『The Plantagenets』でちょっとは知識があって助かりました。『The White Ship』では一方の主役Matildaのことが結構書かれていて面白かったです。女性が支配者になることに強い抵抗のある時代だってことが繰り返し書かれているんですが、she retained a 'mind steeled and unbroken in adversity'.とか、Matildaが窮地を脱したときはIt was an escape so daring that it drew the admiration of Matilda's enemies.とか、もっとMatildaのことが知りたくなりましたよ。

 もちろんタイトルとなっているthe White Shipについても、どういう状況だったのか説明されているんですけど、みんな酔っぱらってたようで、when monks appeared with holy water to bless the White Ship the more high spirited passengers chose to chase them away, shouting insults. This made the drunken spectators aboard howl with delight.とか、そりゃいかんだろ。

 ところで筆者のCharles Spencerはオックスフォードで歴史を専攻したあと、テレビの歴史番組にかかわったりしていたそうです。でも、そういう経歴よりも目を引いたのがNinth Earl Spencerだってこと。しかもA godson of Her Majesty the Queenだそうで、エリザベス二世が名付け親ってこと? この本は畳の上で寝ころびながら読んでいたんですけど、筆者がこんな貴族さまだって知って、ちゃんと背筋伸ばして紅茶淹れなきゃって思いましたよ。


2026年3月8日日曜日

『1812年 - ナポレオンの破滅を招いたモスクワへの進軍』

 ナポレオニックはDSSSMさんの紹介されている書籍を読むのが多いんですけど、ナポレオニックの本って大量にあるから初心者の自分が選ぶよりも詳しい人が紹介しているものから手を付けるのがいいかな、と思っています。で、今回はこんなポストを目にしまして。


 これまたキンドルで手ごろな値段だったので入手して読んでみました。1812年のロシア戦役は"Russia Against Napoleon"を読んである程度知っていたから、まあ少しは予備知識があって読みやすいかと思って。

 それに、"Russia Against Napoleon"でナポレオニックの本についてmost authors cannot be expected to read many languages or consult archives in a range of countries.とか、No Western professor has ever written a book on the Russian war effort against Napoleon.とか、ナポレオニック本のほとんどはロシアから見ていないって批判しているのが印象的で。この"1812: Napoleon's Fatal March on Moscow"の著者Adam Zamoyskiはイギリス育ちではあるものの両親はポーランド出身で、ポーランド語はもちろんロシア語に堪能のようなので、ロシア語の資料も使って執筆したのかなと期待がもてたんですよね。特に前回紹介した"Tactics and the Experience of Battle in the Age of Napoleon"が英語資料編重ってところも自分的には地味に反感をもってたりした(←英語ができないひがみです)ので。Adam Zamoyskiは西欧の研究者はロシア語の一次資料をほとんど使っていない、使うとしても訳されたものだって指摘して、I have therefore drawn heavily on the first-hand accounts of participants, of which there are a remarkable number.って言っています。実際、この本の中にはロシア軍人の手記からの引用がふんだんに出てきました。

 約640ページあるこの本、いやもうね、1812年戦役についてお腹いっぱいになりましたよ。ナポレオンの子供が生まれたところから書き起こして、ロシア侵攻までの状況を描写しているんですけど、露国境に集結するまでですでに消耗しまくりじゃないですか。まあその辺はいつもお世話になっているこちらのブログでも紹介されているんですけど。

祖国は危機にあり(La patrie en danger) 関連blog - ロシアへ

 このブログでも言われていますが、とにかく両軍がぐだぐだだったっていう印象。ナポレオンについても、he had assembled the greatest army the world had ever seen, with no defined purpose. And, by definition, aimless wars cannot be won.とか、とにかく野戦で敵を撃破して和平に持ち込む、でもそれ以外の戦略を立ててないって感じで描かれていました。ロシア軍も、仏侵攻まで国境で長い間対峙していたのに、いざ攻め込まれるとドリッサで守ろうとして、でもそこが防御に適していないってわかってさらに退却したりして、おいおい、何やってんのって感じでした。ベレジナでも、ウィトゲンシュテインは命令を聞かずにナポレオンの退路を断つのに失敗したりしてますし。 

 あと、かなりクトゥーゾフが無能な感じで描かれていました。一般的なイメージはどうなんですかね。ナポレオンもダメダメな印象でしたが、ベレジナ川の戦いのときには、Napoleon had risen to the occasion and proved himself worthy of his reputation, extricating himself from what Clausewitz called ‘one of the worst situations in which a general ever found himself’. His soldiers had fought like lions.なんて書かれていました。


 でもとにかくこの本で印象に残ったのは、ロシア戦役で兵士が置かれた過酷な状況。夏の時点で、as hot as Spain in summerだそうですし。もちろん雪が降ってからはね、もう読むのがしんどくなりましたよ。自分、以前は冬になると毎週雪山登ってて、いつもテント泊や雪洞掘ったりしてたんですけど、がちがちの冬山装備があって、しかもせいぜい数日、食料もしっかりあるという状況ですからね。防寒装備もほとんどなく、飢えた状態で数百キロ歩くって想像を絶しました。そんな状況でのいろんなエピソードがこれでもかってぐらい載っていて、祖国は危機にあり(La patrie en danger) 関連blog - 1812年の…でも少し紹介されていますね。自分はモスクワから撤退中にある女性の出産を手伝った下士官が、6年後にその子と再会したりってのを読んでマジかよって思いました。悲惨な状況での人間模様に、まあとにかくいろいろと考えさせられました。

モスクワは燃えているか?- クリミア・ハン国のロシア侵攻 Molodi 1572 (VV184) AAR Part2

 ●第1ターン(1571年3月)つづき  タタール軍によっていきなり要塞を落とされたロシア軍。要塞陥落による同盟勢力の離反を防ぐために、マップ右方のリャザンにTcherkasskyの部隊を派遣。ロシア軍のほとんどの要塞はタタール軍の通過を防ぐ防衛線の北にあるが、リャザンは南に位置...