2023年7月31日月曜日

『スペイン内戦—ごく短い概要』

  アントニー・ビーヴァ―の『スペイン内戦』は面白かったんだけど、結構分量があって知識のない自分は消化不良気味。もうちょっと簡単にスペイン内戦の流れがわかるものはないかなと思っていたら、ゲーム「Land and Freedom」の参考資料に『The Spanish Civil War: A Very Short Introduction』っていうのがあったので読んでみた。デザイナーのAlex Knightがツイッターで勧めていたのを見たことがあったし、版元もオックスフォード大学出版なので内容的にもちゃんとしているかなと。

 『The Spanish Civil War: A Very Short Introduction』は新書ぐらいの大きさで、本文は150ページしかなく、まさにvery shortですよ。なんだよ、最初からこれにしておけばよかった。見栄はっていきなりビーヴァ―の分厚い本なんか読むんじゃなかったよ…。

 と気楽な気持ちで読み始めたんだけど、やっぱり内戦が始まるまでのスペインの政治状況はややこしいですわ。というか、組織や人物を把握していないので、頭の中が混とんとしてきました。まあ、アントニー・ビーヴァ―の本と同様、この本の最後にも単純化はしてはいけないということを繰り返し書いていたので仕方ないんでしょう。安易に類型化しないように努めるというのが歴史に対する真摯な態度なんでしょうな。

 それはさておき、ページ数が少ない割には共和国側の描写にボリュームを割いている印象。ゲーム「Land and Freedom」で共産主義者のカードにAbraham Lincoln Brigadeっていうカードがあって、スペイン内戦に義勇兵として参加したアメリカ人部隊のことらしいけど、へ―そんな部隊があったんだと思っていたらこの本でも触れられていました。もちろん共和国側のことだけでなく、The making of rebel Spainという章を設けてフランコ側のこともちゃんと書いていますけど。

 あと、軍事よりも政治や社会、文化面の記述が結構ありました。女性の役割とか、プロパガンダについてとか。でも例外的に共和国軍のVicento Rojoっていう指揮官を称賛していてるんだけど、そんなに優秀な指揮官だったんですかね。スペイン内戦のゲームは「Land and Freedom」以外持っていないからウォーゲームでどういう評価がなされているのか知らないんだけど。優秀な指揮官と言えば、アントニー・ビーヴァ―の『スペイン内戦』では反乱軍側のJuan Yagüeが一番できる子みたいなこと書いていたな。

 『The Spanish Civil War: A Very Short Introduction』を読んで意外だったのが、内戦後から現代までのスペインにおける、スペイン内戦の意義の変遷について結構書いているという点。本全体の2割以上のページを使っていて勉強になりました。冷戦期から現代にかけてのスペインって全然知らないし。しかしまあ、ヘミングウェイの『誰がために鐘は鳴る』でもファシスト側のブルジョアたちに村人が集団リンチのようなことをするシーンがあったけど、共和国側に付いた人たちへのフランコ政権の迫害もひどいもんで、しかもフランコの独裁は35年も続いたわけで、内戦がスペイン社会に深い傷跡を残したことは容易に想像がつきますな。

 というわけで、軍事面にとどまらないスペイン内戦の概要をさくっと知るにはちょうどいい本なんじゃないでしょうか。2005年出版なんで比較的新しいし。これを読んでからゲーム「Land and Freedom」をやるとさらに盛り上がると思います。


2023年7月23日日曜日

アントニー・ビーヴァ―『スペイン内戦』

  前回紹介したゲーム「Land and Freedom」をやるにあたって、あまりにもスペイン内戦について知らなすぎるので関連書籍を探してみた。だって、スペイン内戦って言ったらフランコとコンドル軍団ぐらいしか思い浮かばなくて、WW2の前に各国が兵器や戦術を試した、ぐらいの印象。ドイツのポーランド侵攻の数か月前までやってたなんて頭からすっかり消えていましたよ。

 そこで見つけたのが、アントニー・ビーヴァ―の『スペイン内戦』。アントニー・ビーヴァーと言ったら『スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943』や『ベルリン陥落 1945』などWW2の本をいくつか出していて、ウォーゲーマーだったら読んだことがある、もしくは読みたいと思ったことがある人、多いんじゃないかな。

 でも実際に買ったのは原著の『The Battle for Spain』のペーパーバック版。だってこの本、上下巻で合わせるといいお値段がするんだもん…。みすず書房さんすみません。



 読んでみると人名やら組織名やら初見のものがふんだんに出てきて大変でした。全然知識がない状態でいきなりこの本を読むのは結構無謀かも…。1936年に反乱が起こって以降は軍事的な内容が結構出てくるので読む楽しみのほうが苦労を上回りましたけどね。それに知らないことだらけってことは逆に言うと新しいことをいろいろと勉強できたんでよかったんです。…と、ポジティブシンキングっぽく自分に言い聞かせておきました。「第五列」はスペイン内戦で生まれた言葉だって知らんかったわー。

 内容は共和国側と反乱軍のどちらかに偏ることなく、バランスの取れた既述のような印象を受けました。スペイン内戦前の2月の選挙で右派が負けたため、8月の軍部の反乱につながるんですけど、左派は2月の選挙で負けていた場合、その結果を受け入れたのだろうかと疑問を呈しています。それに、リベラルや中道左派も憲法を順守していたわけではないってことも指摘していますね。


 導入部で、スペイン内戦は左派と右派の衝突として描かれることが多かったが、これはミスリーディングな単純化で、中央対地方自治、それに権威主義と個人の独立というもう二つの対立項も考えないといけないって書いてあったんですけど、うーん、ややこしい。でもバスクやカタルーニャが独自の動きをしていることも結構理解しやすくなりました。それにね、たしかにややこしいんですけど、この本の一番最後はhistory, which is never tidy, must always end with questions. Conclusions are much too convenient.って言葉で結んでいるので、単純化して結論を出すみたいなことをしないのが筆者の精神に即しているんでしょうね。


 あとアントニー・ビーヴァ―はソ連崩壊後のロシア語の資料にもあたっているらしく、ソ連から参加した指揮官についてもわりと書かれている印象。のちのWW2で活躍する指揮官が結構いますね。それと、ソ連から多くの軍事援助とともに指揮官も派遣されたけど、1937年にトハチェフスキーが粛清されてからはソ連軍の指揮官はトハチェフスキーの軍事理論に従うことを恐れるようになり、縦深攻撃をやらなくなったっていう指摘も面白かったです。


 スペイン内戦では共和国側で女性兵士も活躍していて、ゲーム「Land and Freedom」のボックスアートも女性だし、映画「Land and Freedom」も女性たちが主人公と一緒に銃を持って戦っていますね。まあ、その後女性が兵になるのが禁止になったりするんですが。

 ビーヴァーの『スペイン内戦』でも女性指揮官が出てくるシーンがあって、泥濘の中で長時間の行軍で疲弊していた共和国軍部隊がイタリア軍に攻撃され必死に防戦したとき、女性が指揮する機関銃中隊が持ちこたえたおかげで援軍が救助にくるまで敵の攻撃をしのいだ、っていうのがあるんですけどね。その共和国軍部隊の指揮官が機関銃中隊の女性指揮官に謝意を示そうと走っていったところ、

only to find her calmly combing her hair while looking into a fragment of broken mirror. (彼女は割れた鏡の破片を覗き込みながら静かに髪を櫛で梳かしていた)

←惚れてまうやろ~!!!


 スペイン語のツイートでこの本への批判もあったけど、とりあえずスペイン内戦に興味のあるウォーゲーマーだったら読んでおいて損はないんじゃないでしょうか。ただ自分のようにいきなりではなく、何かしらの基礎知識を得てから読むのをおススメします。




2023年7月16日日曜日

協力か、それともエゴか。スペイン内戦を描いた半協力型ゲーム「Land and Freedom」

  スペイン内戦をテーマにした「Land and Freedom」。叛乱をおこした軍部に対し、プレイヤーたちは協力して共和国を守らないといけないけれど、その一方で自勢力の拡大を図らないと勝利できないというゲーム。通常のウォーゲームだったらファシストvs共和国派になると思うんだけど、デザイナーのインタビューとか読んでいたら、信用できない味方との駆け引きがメインになりそう。

 早く発売されないかな、と待っていたんだけど、日本語訳付きで小さなウォーゲーム屋さんで発売になった。と思ったらあっという間に完売してしまい、しかたなく版元のBlue Pantherに直接注文。そのときは海外に長期滞在中でその国から注文したんだけど、何週間後かに小さなウォーゲーム屋さんのサイトを見ていると日本語訳付きが再入荷した模様。がーん。もうちょっと待っていればよかった……とショックを受けていたら、その翌日にゲームが自分の手元に届くという何とも皮肉なことに。まあ、仕方ないよね。手に入っただけでも良しとしないと。

 というわけで、以下ゲームについての訳語は我流です。よい子のみんなはちゃんと日本語訳付きを買おうね。ちなみにゲームのタイトルはケン・ローチの同名の映画からとられているらしい。映画「Land and Freedom」も見たけど、ケン・ローチの作品ってずーんと重いものが多いっすよね…。

 ゲームは基本的に3人プレイのカード・ドリブン。プレイヤーはそれぞれ穏健派(Moderates)、共産主義(Communists)、無政府主義(Anarchists)を担当し、3年間共和国を守ることになる。1年は4ターンに分かれ、各ターン最初にファシストのカードを引いてどこが攻撃されたかを決めた後、各プレイヤーがそれぞれプレイする。ポイントは、共和国が負けたら3人とも負けになってしまうということ。特に首都のマドリードが陥落したら即座に負けなので、史実同様プレイヤー間のいざこざを置いておいて必死に首都を防衛することになる。(なお、このゲームは2人や1人でのプレイも可能)

 共和国を守る一方で、無政府主義者は自由化と集団化を推し進め、共産主義者と穏健派は政府のコントロールをめぐって争う。また共産主義者はスターリンの、穏健派は外国からの支援を増やして自勢力に有利になるようにする。でもそうやって自勢力を有利に持っていこうとするとファシストに対する防衛がおろそかになるんだよね。

↑南方前線にファシストの攻撃があって結構やばくなり、穏健派と無政府主義者が協力して防衛したんだけど、そんな二人をしり目に共産主義者はソビエトからの支援を増やした図。「お二人とも防衛ご苦労様。私は共和国のためにスターリン閣下からさらなる支援を…」「このソ連の犬め!」みたいな会話が繰り広げられることになる。

 AARを書こうと思ったんだけど、マルチプレイヤーズゲームって記録を取り慣れてなくて、なかなかうまくいかなかった。日本語ルール無しでもプレイできる人間を二人集められたのはいいんだけど、高校生だったのでスペイン内戦当時のヨーロッパの状況を説明しないといけなかったり、「Collectivizationって何?」みたいな疑問が続出して自分も勉強になりました。とりあえず、映画「Land and Freedom」でファシストから解放した村の土地をどうするかという議論のところは見せておいた。10分ちょいだけど、結構教材としてもいいかも。


 マップはMadrid, Northern, Aragon, Southernの4つの前線(Front)に分かれていて、ファシストの攻撃はマイナスで表され(逆に共和国側がポイントを使って防衛するとプラスに働く)、マイナス10になった戦線は敗北が決まる。前述のようにマドリードで敗北したらサドンデスだが、それ以外にも2つの戦線で負けたらやはりサドンデス。さらに最終ターンでプラスになっていない戦線が2つ以上あったら共和国の敗北である。ファシストの攻撃は年を追うごとに強力になっていって、なかなか守るのが大変なんですよ…。

 ファシストの攻撃はこんな感じ。


フランコの主力は地中海の対岸モロッコに駐留していたんだけど、ナチスドイツから提供されたJu52を使ってスペイン本土に空輸。


おお、我らがコンドル軍団!(←違う)。イタリアの装甲部隊も。ムッソリーニは結構フランコに軍事援助をしたらしい。



独ソ不可侵条約や日中戦争勃発なんてカードも。スペインでファシストと対立は避けたいってことなんですかね、スターリンからの支援が減少する。


対する共和国側。無政府主義者のカードには

あのジョージ・オーウェル。『1984年』の作者ですね。スペイン内戦に義勇兵として行っていて『カタロニア賛歌』とか書いているんだけど、彼が参加していたのがPOUMですよ、POUM。映画「Land and Freedom」を見た人だったら熱くなるでしょう。ジョージ・オーウェルはスターリン主義者を猛批判していて、このカードではソ連からの支援が下がったりする。

で、共産主義勢力には

「POUMの非合法化」なんてのがある。もう、こんなふうに内部対立やってたら共和国を守れないでしょ。

 さらにはこの時代、英仏の資本主義勢力が共産化への懸念を持っていたため、それを抑えるため、スターリンの指示で共産主義者は農業の非集団化までやっている。

あとこんなのも。

女性兵士の禁止は、これも映画を見たら、ああ、そういうのあったな、と思いますよね。

それと腹立つのが、

「スターリンが共和国の金塊を取得」ですよ。むかー! スターリンは共和国の金塊を安全なところで保管しなくては、とかいってソ連に運び、しかもそこから武器の代金を支払わせたんだけど、勘定はソ連の思うがままだったらしい。

もちろん、ソ連からの軍事援助もあるけどね。


穏健派には

有名なゲルニカのほか、ヘミングウェイも。ノーベル賞作家のヘミングウェイはスペイン内戦に参加して『誰がために鐘は鳴る』を書いている。このカードは外国からの援助を増やしたりする。

ほかに、

「メキシコからの軍事援助」なんてのも。スペイン内戦時にソ連を除けば共和国を支援した国ってメキシコぐらいらしくて、武器以外にも食料を送ったので飢餓を免れたりしていたらしい。


と、スペイン内戦のことを知れば知るほど楽しめるんだけど、それを除いても協力とエゴのジレンマで独特の作品になっている。デザイナーはインタビューで、「最下位にいるプレイヤーは、ファシストが猛威を振るう間、見て見ぬふりをするのかそれとも団結して陣営全体のために戦うのかという問いを突き付けられる」なんてなことを言っていたけど、ほんと、そのとおりのゲームですよ。

2023年7月3日月曜日

『フランスの宗教戦争』(仮題)

  ユグノー戦争って言ったら30年以上にわたって続いた戦争なのにウォーゲーム業界ではマイナーで、日本語ルール付きだったらフランスのFellowship of simulationsというところから出ている「Wars of Religion」ぐらいしか見当たらない。でもまあ、世界史の授業でもサン・バルテルミーの虐殺とナントの勅令、それにアンリ四世ぐらいしか習った覚えがないなあ。

 でもさすがはご当地フランス、Vae VictisからAvec Infini Regretというシリーズが出ていて、ユグノー戦争期の会戦をシミュレートしている。(なお同シリーズにはVV105号でオランダ独立戦争のNieuport 1600が、VV116号でスウェーデンとポーランドの戦いのKirchholm 1660が出ている)

 Avec Infini Regretのゲームをプレイしていたら、そういえばユグノー戦争のことって全然知らないなあ、アンリ四世が女性に手を出しまくったということぐらいしか覚えてない、と思ってユグノー戦争の本を探してみた。佐藤賢一の『ヴァロア朝』『ブルボン朝』が読みやすいけど、ユグノー戦争を主体的に書いているわけではないし。シンプルにまとまっているものを、と見つけたのが文庫クセジュの『宗教戦争』。そうか、クセジュがあったかと改めて気が付いて(フランスのことなんだからフランスの出版社の本を探そう、と思わない自分の鈍重さよ…)クセジュのサイトで探してみたら、ありました、『Les Guerres de Religion』という本。2016年に初版が出たようで比較的新しいし、本文は120ページと手軽なので読んでみた。文庫クセジュってちょうど新書ぐらいの分量でさくっと読むのにいいんだよね。


 読んでみるとまあ知らないことばかり。勉強になったわーと思っていたら、白水社から8月30日に『Les Guerres de Religion』の翻訳が出るっていうツイートが流れてきた。がーん。和訳本って、当然と言えば当然だけど日本語になっているから自分の持っている知識とつながりやすいんだよね。『Les Guerres de Religion』を読んでいたらetats generauxって言葉が出てきて、なんか大きな集会なのかなって思っていたんだけど、三部会のことだって気が付くのにちょっと時間がかかりましたよ。とほほ。それに和訳本だと大抵解説がついているからお得なんだよね。あーあ、知らなかったとはいえ翻訳が出るのを待てばよかった…。

 和訳本は、白水社のサイトによると、今のところ『フランスの宗教戦争』という仮題になっている。ユグノー戦争に興味がある人は発売まで待ってください。ちょうど今、フランスからは物騒なニュースが流れていますが、16世紀には血みどろの内戦が行われていたんだと言うことがよくわかります。

 この本の筆者Nicolas Le Rouxはソルボンヌ大学の教授らしいので、内容的にもしっかりしているはず。でも自分の知識不足、特に政治思想に関しては無知で、"un roi, une foi, une loi"なんて言葉を見ても、「アンロワ、ユヌフォア、ユヌロワ」なんて韻を踏んでてリズムがいいなーとしか思わないのが我ながら悲しい。それと、contractualismeという言葉がこの本には出てきたんだけど、日本語でなんていうですかね。契約主義? とにかく、ユグノー戦争中、特にサン・バルテルミーの虐殺以降に強まった考えのようで、王への服従は絶対的なものではなく、王が臣民を尊重する限りにおいて臣民は自発的に服従するという契約のことらしいけど、それが17世紀の絶対王政のフランスとどうつながるのか、もしくはどう変化するのかが知りたくなった。あと、国家(Etat)という概念が生まれたって書いてあるんだけど、L'invention du coup d'Etat(クーデターの発明)なんて章があって面白かったです。

 まあとにかく、ユグノー戦争について手軽にまとまっている本なので、ご興味がある人はどうぞ。


(9月5日追記)

白水社から和訳が出ました。予告どおり、『フランスの宗教戦争』というタイトル。原著にはない関連家系図や、日本語書籍の参考文献リストもついているそうなので、買おうかな。


マーケット・ガーデン80周年なので読んでみた、『9月に雪なんて降らない』

 1944年9月17日の午後、アルンヘムに駐留していた独国防軍砲兵士官のJoseph Enthammer中尉は晴れわたった空を凝視していた。自分が目にしているものが信じられなかったのだ。 上空には 白い「雪」が漂っているように見えた。「ありえない」とその士官は思った。「9月に雪な...