2024年5月5日日曜日

バルト海つながりで、『ハンザ同盟』

  Lyndanise1219の流れで12~13世紀バルト海沿岸の北方十字軍についてちょろちょろ調べたんだけど、そういえばこの時期だったかな、バルト海ってハンザ同盟というのを昔世界史の授業で習った気が…ということを思い出した。たしか北海からバルト海にかけての商業を支配した都市同盟だったはず、ぐらいの記憶しかなくて、改めて入門書を読んでみた。


 この本『Die Hanse』は、ハンザ同盟の黎明期の12世紀半ばから、その終焉の1669年までをカバーしている。ハンザは商業のための同盟なので、武力衝突に関する記述はほとんどないのがウォーゲーマー的には物足りないけど、まあ仕方ない。

 でもデンマーク王国などの領邦やドイツ騎士団といった、武力も領土も持つわかりやすい勢力のほかに、こういった都市同盟がどういうことをしていたのかを知るのは面白い。というか余計に中世のイメージがややこしくなった気もするけど、まあこれも自分の知識不足によるものなんでしょう。

 一応、Handelssperren und Kriege(貿易封鎖と戦争)という小見出しが付いた部分があるんだけど、ハンザ同盟としては戦争に関わる場合はたいていは財政的に支援したそうで、そうでなければ個々の加盟都市が他の都市の支援を受けながら戦争をしたらしい。要は同盟全体で一丸となって軍事力を発揮、ということはなかったようで、ウォーゲームにも登場しずらいっすよね。たいていの場合、敵はデンマークで、まあ北海とバルト海の商業を支配したいハンザ同盟としてはそのど真ん中に位置するデンマークは思いっきり邪魔だったでしょうな。戦争になった場合は通常は海賊行為が展開され、陸上での軍事行動はほとんどなかったそうだ。

 この本ではハンザ同盟は序列のはっきりした組織構造を持つ都市同盟というよりはむしろ、個々の都市の経済的利益を追求するために集まったエゴイストのグループだと述べている。そういや先日紹介した『Crusading and Chronicle Writing on the Medieval Baltic Frontier』だったかな、キリスト教勢力がバルト海東岸に進出するにあたってエストニア人など先住民にヨーロッパの武器を売ることを禁止していたのに、利益第一のドイツ商人が結構売っていた、なんて記述もあったな。これってハンザ同盟のことですかね。

 内容的にはハンザ同盟の形成、組織内容、消滅が説明されていて、ぜんぜん知識のない自分には勉強になりました。でも一番面白かったのは、ハンザ同盟のイメージの利用のされ方。現代のドイツではいいイメージが定着しているし、ソ連崩壊以降、バルト海沿岸諸国と他のヨーロッパの地域との結びつきの強まりはハンザ同盟を想起させているそうだ。それにとどまらず、19世紀末のドイツ帝国期にはドイツの北方での支配の先駆者として、第三帝国期には東方へのドイツ生存権の拡大に、冷戦期には東ドイツでは勃興する資産家階級の封建権力への階級闘争として、一方西側ではヨーロッパ統合の先例とされた……いやもう、こうやって並べるだけで政治的なご都合主義がよくわかる。「歴史とは何か確定したものではなく、歴史家によって『作られる』のだ」(Geschichte nicht etwas Feststehendes ist, sondern vom Historiker <<gemacht>> wird)という言葉が述べられているんだけど、たぶん筆者の自戒の念を込めているんでしょうなあ。そういやこれまた『Crusading and Chronicle Writing on the Medieval Baltic Frontier』でも、リヴォニア年代記がナショナリズムとの関連でいいように利用されてきた歴史が論じられていたな。

 この本、初版は2000年なんだけど、読んだのは第六版で2021年に出たもの。なので結構最近の研究が反映されているはず。筆者のRolf Hammel-Kiesowは、ハンザ同盟の中心都市だったリューベックにある、ハンザ同盟とバルト海の研究センターのForschungsstelle für die Geschichte der Hanse und des Ostseeraumesというところで長年所長を務めていて、ハンザ歴史協会の理事も務めていたので、ハンザ同盟研究の第一人者って考えていいのかな。この第六版が出たのと同じ年に亡くなっているそうです。そういうことを知ると、身を正して読めました。

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