2024年9月30日月曜日

ファレーズ、再び? Alsace1944 (VV175) AAR part2

 ●第1ターン(11月14ー15日)続き

 ドイツ軍はマップ下方の敵の突破を見て、部隊を大きく後退。史実ではこの陣地帯の守備のために、聴覚障碍者で大隊を編成して投入することまでしたらしい。このゲームでも、ドイツ語でOhren(耳)と書かれたカンプグルッペユニットが登場する。

 陣地帯の防衛もさることながら、仏機甲部隊の平野部への突破を防ぐのに必死のドイツ軍。平野部に敵が進出すると戦線が広がって防御に不利になるだけでなく、仏軍機甲ユニットは平地では歩兵のZOCをすり抜けられる。ほとんど歩兵しかいないドイツ軍は森林地帯で極力敵を食い止めておかないと、ただでさえ兵力劣勢なのにさらに苦しい戦いとなる。


●第2ターン(11月16ー17日)

 フランス軍には第1,第5機甲師団の計3ユニットが増援として登場する。フランス軍の増援はマップ西端か南端から登場させられるのだが、もちろんマップ南端のスイス寄り、前ターンで突破した方面に投入してさらに激しくドイツ軍を攻撃する。仏軍は最大限の支援砲撃を投入、ここを抜かれるわけにいかないドイツ軍はなけなしの支援砲撃で応じる。河川越えの攻撃のため攻撃力は半減するものの、同一師団効果と諸兵科連合効果のコンボで戦闘比を上げた仏軍だったが、兵質チェックで失敗。敵を1へクス後退させるだけに終わった。


 このゲームでは各ユニットが兵質(Qualité)をもち、戦闘の際には攻防両軍が兵質チェックを行う。ずっと防戦が続く独軍も、なんとかここをこらえてくれ、とサイコロを振ることができるのだ。サイの目によって有利なコラムシフトを得たり逆に不利になったりするのだが、仏軍第一機甲師団のユニットの兵質はB。3分の1の確率で1コラム有利に、6分の1で不利になるのだが、その6分の1の目が出たわけである。


 フランス軍は機甲部隊がマップ右方面への突破を図る一方で、歩兵を中心に陣地帯を攻撃していく。そして独軍の守備が手薄な陣地を狙ってコマンド部隊2ユニットが襲撃する。

 マップ上に9つある陣地へクスには守備隊(garnison)が1ユニットずつ配置されているのだが、守備隊しかいない陣地へクスに対し仏軍コマンド(commando)は襲撃(raid)を行える。守備隊は戦力未確認状態で配置され約4割が戦闘力ゼロ。コマンドが襲撃して守備隊が戦闘力ゼロの場合は成功、戦闘力が1以上の場合、1D6で1-4で成功だ。成功すると陣地は占領、失敗するとコマンドユニットは除去される。

「いやー、少数精鋭のコマンド部隊が敵陣地を電光石火の襲撃で占領って、ロマンがあるよね」

「使えるものは使えるうちに使っておけってだけでしょ。ドイツ軍が前線を縮小したら守備隊が他のユニットとスタックするだろうから」

 結局、コマンド部隊2ユニットの襲撃は1カ所成功、もう一カ所は失敗に終わった。


 ドイツ軍は陣地帯の左方と下方からできる限り兵力を撤退させる。だがこのゲームでは敵ZOCからの離脱に2移動力を消費するため、6移動力しかない歩兵は思うように後方に回せない。敵機甲ユニットのZOC浸透能力を防ぐ機械化・自動車化ユニットはドイツ軍には偵察大隊1ユニットしかないのだが、その偵察大隊をスイス国境近くの前線左端に派遣して敵機甲ユニットの動きを止めようとする。だがフランス軍が平野部に突破するのは時間の問題だろう。


●第3ターン(11月18ー19日)

 フランス軍にはさらに機甲ユニットが増援として登場するが、交通渋滞で前線までたどり着けない。このゲームでは第3ターン以降、ドイツ軍は交差点などに交通渋滞(Embouteillage)マーカーを一つ置くことができ、仏軍機械化・自動車化ユニットに1移動力追加で消費させることができるのだ。

 このターンもスイス軍はスイス国境近くの右翼に機甲ユニットを集中。だが前ターンに続き今回も兵質チェックに失敗、大きく突破とはならなかった。

「おいおい、フランス軍の第1機甲師団ってどうなってんだ?!」

とぼやく仏軍プレイヤー。このゲーム、諸兵科連合効果など多くのコラムシフト要素があるだけでなく、兵質チェックでさらに戦闘比が動く可能性があるので、戦闘結果が結構読めなかったりする。


 陣地帯近くではフランス軍が包囲していた敵歩兵を掃討、だが陣地への攻撃は独軍が奮戦し損害を受けつつも踏みとどまる。マップ左上に配置されている仏軍歩兵4ユニットは第3ターンまで移動できず、高比率で陣地帯を攻撃しようとすると多くのヘクスを攻撃できないのだが、低比率になることを恐れずにもっと積極的に攻撃すべきだったかもしれない。


つづく

2024年9月27日金曜日

ファレーズ、再び? Alsace1944 (VV175) AAR part1

  この9月はマーケット・ガーデンの80周年で、ということは今年バルジも80周年? おお、西部戦線が呼んでいるぜ、というわけで、先日ブログでも書いたVV175号のAlsace1944をやってみることにした。やっぱりウォーゲームの王道はWWⅡの作戦級だもんね。

 ……でも、いつも中世の会戦級ばっかりやっているメンツなのでちょっと不安。まあいわゆるIGOUGOシステムを基本とした簡単なルールなのでなんとかなるでしょう。それにね、ヒストリカルノートを読んでみるとドイツ軍はヤークトパンターをかき集めて必死に反撃する様子が描かれていて、654 sPz Jgなんてユニットを見つけると、あー、このイラストがヤークトパンターなんだろうなーと気分が上がるわけです。

 このゲームについては以前のブログである程度説明したとおり、バルジの約一か月前、フランス南東でのフランス第一軍の攻勢をシミュレートしている。仏軍は南仏からの進軍で消耗しているうえに天候が悪化しており、ドイツ軍は敵の攻撃はないものと思っていた。仏第一軍指揮官も前線視察に来たチャーチルに対し、「こんな天候下では攻撃には出ません!」と断言していたが、その翌日に奇襲をかけた、という戦いである。チャーチル、嘘つかれて怒んなかったのかな。

 WWⅡの陸戦ゲームは数多く出ているけど、フランス軍の攻勢を扱ったのってあんまりないんじゃないかと思う。VV120号に、同じゲームシステムで1945年1月~2月のColmar包囲戦を扱ったものがあるけど。あ、ちなみに「ファレーズ、再び?」っていうのは以前のブログにも書いたけど、ヒストリカルノートにそういう意味の小見出し(Un Falaise-bis?)があったのでパク…参考にさせていただきました。でもファレーズ戦は規模も大きいし包囲されたのもドイツ軍の精鋭を多く含んでいたし、それと比べるのは大げさなんじゃないですかね。まあこの戦いでも独軍1万ほどが包囲されたそうだけど。

 この戦いは過去にVaeVictisで一度ゲーム化されているが、もっと短時間でプレイできるものを、ということで今回のゲームとなったってデザイナーズノートに書いてあった。実際、ルールも簡単で全8ターンと短く、マップも小さくユニット数も多くないので結構手軽にプレイすることができる。展開も仏軍機甲部隊の突破からドイツ軍の反撃と変化に富んでいるので、仏軍ファンのウォーゲーム初心者(いるのか?)を引きずり込むのに適している。

 マップの右3分の1ぐらいがアルザスで、右端にライン川が見える。つまりドイツはほんの目の前である。右下はスイスだ。

 マップ左方に山地や荒地、森林と防御に有利な地形沿いに前線が伸びているが、マップ右方は平地が広がっている。また前線後方にはBelfortという街を中核にした陣地帯があり、そこに陣地や都市など得点源が集中している。だがフランス軍はそれらすべてを占領しても勝利にはならず、最低でもあとどこか一つ得点源を占領する必要がある。なお仏軍はマップ右上から突破しても得点が得られるが、そういう事態になったらもうドイツ軍はぼろ負けなんじゃないかな。


●第1ターン(11月14ー15日)

 「チャーチルに言ったことなんぞ知るか! 攻勢開始だ、アルザスを取り戻せ!」と仏軍プレイヤーが気炎を上げゲームスタート。仏軍が攻勢を開始する。

 最南端、スイス国境に隣接している地点で山岳歩兵連隊がZOC浸透能力を発揮して敵歩兵の後方に進出し包囲したうえで、増援として現れる第5機甲師団の2ユニットをここに投入。第1ターンの奇襲効果である+2DRMも相まって、仏軍機甲部隊が敵前線を突破した。


 この時期のフランス軍機甲師団はアメリカ軍の編成に準じていたようで、このゲームで登場する2個機甲師団はいずれも3個コンバット・コマンドで構成されている。コンバット・コマンドって言葉、そういえばバルジゲームで見たなあ。このゲームでは歩兵と装甲ユニットが同じ戦闘に参加していると諸兵科連合効果で1シフト有利になるのだが、コンバット・コマンドは単独でも諸兵科連合効果を得られる。そもそもコンバット・コマンドはどのユニットも戦闘力が5とゲーム中最強のうえ、同一師団効果で2シフト有利になったりするので、仏軍機甲師団はかなり強力である。


 機甲部隊が集中攻撃をかけた左隣でも仏軍が司令部からの支援砲撃、それに同一師団効果などを活かして攻撃、マップ下方のドイツ軍前線はほぼ崩壊した。前線中央や上方は仏軍の兵力が潤沢ではないもの、攻撃をしかけて敵にプレシャーをかけた。 


つづく


2024年9月6日金曜日

クラウゼヴィッツの『1815年のフランス戦役』

  ワーテルロー戦の終盤、親衛隊の最後の攻撃をシミュレートした「La Garde Avance!」っていうのがあって、小さなゲームながら結構面白いんですね。右翼にプロイセン軍が迫る中、ナポレオンは親衛隊を投入して敵中央突破の賭けに出る…という燃えるシチュエーションです。タイトルからしてですね、撃退された親衛隊を見た仏軍が叫んだという「La Garde recule!(親衛隊が退却している!)」って言葉にかけているみたいですからね。

 つい最近SNSのマストアタックでこの「La Garde Avance!」と親衛隊の攻撃について熱い議論が交わされて、ナポレオニックの知識がほとんどない自分にはすごく勉強になりました。そういえば最近クラウゼヴィッツの「戦争論」の全訳が出たな、クラウゼヴィッツと言ったらナポレオンと同時代人だから、ワーテルローについて何か書いてないかな、と探してみたらありました。「Der Feldzug von 1815 in Frankreich」という著作。

 これ、『1815年のフランス戦役』というタイトルとおり1815年戦役の開始状況からパリ陥落あたりまで、クラウゼヴィッツの分析を交えつつ描写しています。なのでワーテルロー戦も全体の一部にしか過ぎないんですが、Die Hauptmomente der Schlacht. Vertheidigung Wellingtons(戦闘の主な時点。ウェリントンの防衛)という章で親衛隊の攻撃についてちょっと触れられています。


da wollte der verzweiflungsvolle Bonaparte auch das Letzte noch daran setzen, um das Centrum Wellingtons zu sprengen. Er führte die übrigen Garden auf der Chaussee nach la Haye Sainte und der feindlichen Stellung vor; 4 Bataillone dieser Garden machten einen blutigen Angriff, aber vergebens.

(必死になったボナパルトは、ウェリントンの中央を突破するために残っているすべてを投じようとした。親衛隊の残りの部隊を率いてラ・エイ・サントから敵の戦列へと通じる道を前進した。この親衛隊の4個大隊は熾烈な攻撃を行ったが、無駄だった)


 いや、そんなにあっさり終わらせないでよ! と言いたいところなんですけど、戦役全体を扱った著作だから仕方ないんでしょうね。


 この「Der Feldzug von 1815 in Frankreich」、クラウゼヴィッツがプロイセン人だからなんでしょうけど、英軍よりも普軍の描写や分析が多い印象。ワーテルロー戦も、

Die Schlacht zerfällt angescheinlich in zwei verschiedene Akte: den Widerstand Wellingtons und den Angriff der Preußen in der rechten Flanke der Franzosen.

(この戦いは明らかに二つの動きに分けられる。ウェリントンの防戦と、プロイセン軍のフランス軍右翼への攻撃である)

なんて書いています。まあプロイセン軍の登場で戦況がガラッと変わったのは認めますけど、でもワーテルロー戦のいくつかあるクライマックスの多くは英軍と仏軍の攻防にあったんじゃないんですかね。でも戦闘終盤のウェリントンについて、ウェリントンは敗北一歩手前までいっていたという意見が一般的だがそれは違う、という趣旨のことを論じていたりします。

 あと、Betrachtungen über die Schlacht. Bonaparte(戦闘の考察。ボナパルト)という章では、ナポレオンはもっと早く攻撃を開始すべきだったのかなどいろんな点について結構長く書いていて、es war gegen alle Regel, diese Schlacht noch zu versuchen.(この戦いを始めたということが、すべての法則に反するのだ)なんてことまで(条件付きでですが)書いています。まあそのあとちょっとナポレオンを擁護しているんですが。とにかくワーテルロー戦についてナポレオン側のことはかなり考察しているのに、続く連合軍の章ではUeber das Benehmen der verbündeten Feldherren in der Schlacht von Belle-Alliance haben wir wenig zu sagen.(ワーテルロー戦での連合軍の将軍たちの行動についてはいうべきことはほとんどない)なんて書いてあっさり終わらせていたのが面白かったです。


 「Der Feldzug von 1815 in Frankreich」は1815年戦役全体をあつかっているため、ワーテルロー戦以外のことについて書かれている部分のほうが当然多いんですけど、この戦役について全然知らないのでクラウゼヴィッツの叙述や分析がどれだけ妥当なものなのかは全然わかりません。勉強になりましたが。現代の通説と比べてみるのも面白いのかなと思います。その前に通説をどこかで読まなきゃ。


2024年7月26日金曜日

チャーチルに「こんな悪天候下では攻撃に出ません!」といった翌日に攻勢開始 Alsace1944 (VV175)

  VaeVictis最新号のゲームAlsace1944は、みんな大好きWWⅡの作戦級。1944年の西部戦線って言ったらノルマンディー、マーケットガーデン、バルジぐらいしか思い浮かばないんだけど、このゲームはバルジの約1カ月前の11月中旬から始まる仏軍の攻勢をシミュレートしている。舞台は仏東部のスイスに隣接する地域で、もうすぐライン川に到達しそうなところである。

 南仏のプロバンス地方から進撃してきた仏軍はこのヴォージュ山脈の地域まで来た時点でかなり消耗しており、補給状況も悪化していた。さらにはもう雪が降り始め地面は泥濘となり、弱体化したドイツ軍も仏軍の攻勢はないものと判断して一息ついていた。実際、この方面のフランス第一軍を指揮するde Lattreは前線視察に来たチャーチルに対し、「こんな天候下では攻撃には出ません!」と断言したそうだ。

 だがde Lattreは攻勢準備を巧妙に隠蔽しており、チャーチルにそう言った翌日に攻勢に出たらしい。この地域のドイツ軍の防御ラインは薄く、1個国民擲弾兵師団が30kmをカバーしているような状態。Vogenstellungという陣地線はあってパンターの砲塔とかで補強されていたけれど、不意を突かれたドイツ軍は危うく包囲されそうになる。ヒストリカルノートでも「ファレーズ再び?」なんて小見出しがあったりする。だがドイツ軍は援軍をかき集めて果敢に反撃、アルザス地域の解放を目指す仏軍の攻勢はなんとか押しとどめられた、という戦いだったらしい。

 久しぶりにWWⅡ関連のヒストリカルノート読んだけど、ヤークトパンターとか出てきて結構わくわく。1944年も11月ということで、ドイツ軍が雑多な部隊をかき集めて必死に反撃するところがなんとも…。ゲームのマップにも含まれているCornayという街には武装SSの訓練施設というか士官学校のようなものがあったそうで、そこから士官候補生も前線に投入された、なんて書かれているし。突出してきた仏第一戦車師団に対して、アルンヘムの英第一空挺師団と同じ運命をもたらしてやる、なんてビラをまいたっていうエピソードもあった。武装SS第30師団なんてのも登場するんだけど、ベラルーシなどの義勇兵から編成されていたそうで、反乱を起こして一部の兵は自由フランス軍に加わっていたらしい。あと、東部戦線で捕獲されたBA-6も投入された、なんてトリビアも嬉しい。

 付録ゲームのAlsace1944なんだけど、いわゆるIGOUGOシステムで、戦闘は戦力比というオーソドックスなもの。ユニットは基本的に連隊規模、1ターン二日、1へクス約4kmという規模。簡単なルールなので初心者でもとっつきやすい。過去のVaeVictisで、同じルールでヴェリキエ・ルキの戦いその他もゲーム化されている。このアルザス戦は以前にVaeVictisで別ルールでゲーム化されていたんだけど、もっと短い時間でプレイできるものを、ということでこのシステムを採用したってデザイナーズノートに書かれていた。

 ちょっと特徴的なのが、各ユニットには戦闘力のほかに兵質(Qualité)を持つ点。戦闘の際に両プレイヤーともサイコロを振り、兵質に応じて戦力比が有利になったり不利になったりするのだ。最高の兵質Aだと2コラムシフトを得られる可能性があり、Cだと2コラム不利になったりする。1944年という時期からしてしょうがないんだけど、ドイツ軍の多くは兵質Cである。ただ第106装甲旅団のユニットはAなのが嬉しい。あと、フランス軍には外人部隊のユニットも登場するのがちょっと個人的にはポイントだったかな。


 早速プレイを、と思いつつ、作戦級ってしばらくやってないや…と二の足を踏んでしまいカウンターも未カットのまま。だれかプレイしてAARなり感想を書いてくれないかなあ。


2024年7月7日日曜日

戊辰戦争の2年前の欧州で Münchengrätz 1866(VV174) AAR ⑤

 ●第6ターン (13:00)

 今ターンに全軍盤外に撤退したいオーストリア軍、かたやその前に敵を補足したいプロイセン軍。活性化チット(marqueur d'activation)を引く手に力が入る。最初に引かれたのは…プロイセン軍のHorn。だがこの部隊は、前ターンのMusky山占領を優先したため、丘陵地では移動力が足らずオーストリア軍を捕まえることができない。

 続いて引かれたのはFransecky。敵を逃がすわけにはいかない。オーストリア軍は斜面や村で防御ラインを引いているが、戦力やサイの目修正を考え、一番防御が弱い歩兵と砲兵のスタックを攻撃。だが斜面上からの防御射撃に砲兵の至近距離の射撃が加わって、Franseckyの2ユニットとも撃退されてしまった。

 プロイセン軍の攻撃を退けている間にAbeleの部隊が盤外に脱出していく。このままLeningenも、と思いきや、運命の女神はプロイセン軍に微笑んだ。Leningenよりも先にSchölerのチットが引かれる。これまで渡渉地点を見つけられなかったプロイセン軍の騎兵だが、今回は成功! マップ南端の向こう岸にZoCを及ぼす。そしてSchölerの主力は消火された橋、それに架橋された地点を通って渡河、南下してLeningenの部隊を拘束する。渡渉地点を見つけた騎兵のZoCと相まって、Leningenの今ターンの盤外への撤退は不可能になってしまった。

 Leningenは至近距離からの砲撃でSchölerの歩兵を混乱させるものの、敵ZoCに拘束されていること、丘陵地での移動コスト、それに移動力の低い砲兵がいることから、包囲を避けマップ南端に後退するのが精いっぱいである。


  Les Grandes Batailles du temps de Napoléon III(ナポレオン三世時代の主要会戦)シリーズでは、敵ZoCの離脱には全移動力の半分を、混乱状態だと全移動力を消費する。高度差があるヘクスサイドを通過する場合は移動コストが+1(ただし街道沿いだとゼロ、道沿いだと+0.5)で、砲兵は街道か道が通っていなければ高度差のある移動はできない。そもそも砲兵は移動力が低いため、敵に隣接された場合丘陵地での後退はかなり困難になるのである。

 ちなみにこのシリーズではユニットの配置には向きがあり、ユニットはヘクスのいずれかの辺に向けて置く。ユニット周辺の隣接6へクスのうち3へクスにみZoCが発生し、後方3へクスにはZoCは及ばない。


●第7ターン (14:00)

 最終ターンである。プロイセン軍はあえて攻撃することはせず、敵を拘束するにとどめる。オーストリア軍はゲーム終了時にマップ上に残っているオーストリア軍2ユニットごとに1VPを失うのだ。それに、プロイセン軍はゲーム終了時に混乱状態の自軍ユニットがいるとVPが減る。防御射撃で損害を受け回復も失敗、ということもあり得るので、あえて攻撃に出るリスクを冒さないのである。

 一方のオーストリア軍は最後の反撃を試みる。砲撃でSchölerの歩兵を混乱、敵に一矢を報いた。そして歩兵1ユニットがからくも盤外へ脱出していった。

 こうしてゲームは終了。勝利得点は1点差でプロイセン軍の限定的勝利(victoire mineure)に終わった。


 正直、プレイバランス的にはオーストリア軍に厳しい。兵力劣勢なうえ、第5ターンまでMusky山やミュンヘングレーツの占領を極力阻止しないといけないし、オーストリア軍は第6ターンに撤退したユニットのみがVPに貢献するし。そのうえ損害は避けないといけない。史実では3点差でプロイセン軍の勝利だったそうで、そりゃ厳しいのも当たり前か。

 ただ今回のプレイではHornは1回しか活性化に失敗しなかったし、Schölerは毎回成功していたけど、確率的にはゲーム中Hornは2回、Schölerは一回は失敗するわけで、特にSchölerがIser川を渡河して全力追撃って場面で活性化できないとプロイセン軍には結構痛いはず。あとは地形の利用と砲兵の運用・撤退をうまくやればオーストリア軍にも勝ち目はあるんじゃないかと思います。チットプルなんで、活性化チットの引き順も結構影響するけど。

 VV174号にはこのMünchengrätzの翌日に起こったGitschinの戦いもついている。ちなみにGitschinもオーストリア軍の撤退戦だ。両ゲームの連結シナリオも収録されているし、将来的にはケーニヒグレーツの戦いも同じLes Grandes Batailles du temps de Napoléon III(ナポレオン三世時代の主要会戦) シリーズで出るらしい。1860年代っていったらアメリカの南北戦争がウォーゲーム的にはメジャーだけど、普墺戦争を扱ったゲームは希少価値があるんじゃないかな。戊辰戦争と同時代ということでプレイしてみてはどうでしょう。

2024年7月3日水曜日

戊辰戦争の2年前の欧州で Münchengrätz 1866(VV174) AAR ④

 ●第4ターン (11:00)

 今ターン、最初の活性化となったのはオーストリア軍左翼のLeningen。前ターンに撃退したSchölerが再び動く前に、Iser川の橋に火を放つ。橋にプロイセン軍がどれくらい近づいているかで成功の確率が変わってくるのだが、これまでSchölerの攻撃を繰り返し撃退してきたLeningen、ここでもサイの目がさえ、橋は目論見通り燃え始め通行不可になった。

 Schölerは急いで橋の消火にあたる。だが消火のためには橋に隣接したユニットが1ターン何もしないことが条件となっており、火が消えるのは次ターンに持ち越されてしまった。橋が再び通行可能になるのを待っている間、前ターンからマップ下方に向けて派遣していた騎兵がIser川にたどり着き、渡渉可能地点を探す。1ターンに一回、Iser川に隣接するプロイセン軍ユニットは1移動力を消費して渡渉地点(Gué sur l'Iser)を探すことができ、1D6で4以上の目が出れば発見に成功する。だが今回は失敗。Schöler部隊はIser川の対岸で遊兵となってしまった。

 Schölerが動けないのであればマップ右方でプレッシャーをかけろ、というプロイセン軍プレイヤーの叱咤にもかかわらず、Hornが活性化失敗。その隙にオーストリア軍右翼のAbele隊が後退していく。プロイセン軍Franseckyは次ターンのミュンヘングレーツ占領を目指して左方に転進、混乱状態だったユニットも回復した。

 オーストリア軍は各部隊の活性化の最初に行える砲撃(tir de barrage)以外、攻撃らしい攻撃をしていない。これは兵力的に劣勢だということもあるが、損害を出すのを極力避けるためでもある。防御射撃や攻撃側の強襲の結果は、効果なし以外では士気チェック、もしくは混乱状態になって退却だ(なお5以上の戦闘力だと敵にステップロスを強いる可能性が出てくる)。士気チェックに失敗するとやはり混乱状態になって退却となる。混乱状態のユニットがさらに混乱の結果を受けるとステップロスなのだが、ステップロスをすると敵のVPになるだけでなく、ステップロスの累計が部隊ごとに設定されている士気喪失閾値(seuil de démoralisation)に達した部隊は士気喪失(démoralisée)となる。士気喪失した部隊は、移動は自軍マップ端方向にしかできず、士気チェックでも不利なDRMがつくうえ、敵がVPを得るのだ。

 ということで部隊の士気喪失は避けないといけないのだが、このシナリオの場合Leningen部隊の士気喪失閾値は2,Abeleにいたってはたったの1である。ステップロスをしないよう、混乱状態のユニットは後方に下げ回復に努めるのがオーストリア軍には精いっぱいなのだ。

 また、プロイセン軍歩兵は防御射撃の際、ドライゼ銃効果で1シフト有利になる。これもまたオーストリア軍に攻撃を躊躇させる要素だったりする。


●第5ターン (12:00)

 このターンまでにプロイセン軍はMusky山を占領すると2VP,ミュンヘングレーツは1へクスごとに1VPを得られる。前ターン活性化に失敗したHornがMusky山を、Franseckyがミュンヘングレーツの北へクスを占領した。ミュンヘングレーツの南へクスはLeningenが歩兵と猟兵ともに守っているため手が出せない。

 Iser川の対岸ではSchölerが橋の消火に当たる一方で、他の地点で架橋(Ponton)を始める。対岸に敵ユニットがいない場所で1ターン何もしなければ架橋ができるのだ。だが今ターンも騎兵は渡渉地点を見つけられず。Schölerの部隊はなかなかIser川を渡ることができない。

 敵のプレッシャーが弱まっている隙に、オーストリア軍はさらに後退。次ターンに盤外への脱出を目指す。オーストリア軍は次ターン、第6ターンにマップ外に撤退した3ユニットごとに1VPが得られるのだ。

 ターン終了時には橋が消化し、架橋も完成した。次ターン、オーストリア軍が撤退する前にSchölerの部隊はIser川を渡河して敵を補足できるか。

つづく


2024年6月28日金曜日

(幕間)19世紀の仏軍事理論家ドゥ・ピックの「戦闘の研究」

  VaeVictisの今号の付録「Münchengrätz-Gitschin 1866」のルール、というかLes Grandes Batailles du temps de Napoléon III(ナポレオン三世時代の主要会戦)シリーズのルールは、このシリーズが扱っている時代の仏軍将校で軍事理論家だったアルダン・ドゥ・ピックArdant du Picqの考えから着想を得た、なんてなことがルールの冒頭に書いてあった。火力のみでは勝利は確実なものとはならず、強力な突撃によって敵の士気を喪失させる必要があるのだ、という考えだそうだ。突撃は白兵戦に至る前に、失敗に終わるか敵が逃げ出すかどちらかだ、とのこと。

 ドゥ・ピックは1821年生まれで1870年に普仏戦争で戦死しているという、まさに「Les Grandes Batailles du temps de Napoléon III」の同時代人。「Études sur le Combat(戦闘の研究)」という本を書いていて、フランスの国立図書館のサイトでスキャンデータが公開されているので読んでみた。ちなみにいくつか版が出ているようだけど、読んだのは一番最初に目についた1880年版。なお、「Études sur le Combat」は和訳も出ていて、小さなウォーゲーム屋さんで売っている。

https://petitslg.shop-pro.jp/?pid=161457780 (オリジナルの仏語からではなく、英訳からの重訳のようです。)


 ドゥ・ピックは人間心理を重視したようで、人間の心理こそが戦争のすべての出発点なのだ、という18世紀の軍人ド・サックス元帥の言葉を最初のほうで引用している。戦争のことを学ぶためには、人間の心を学ばなければならない、と。

 ちなみにドゥ・ピックの上記の部分の原文はLe cœur humain est donc, pour employer le mot du marechal de Saxe, point de depart en toutes choses de la guerre; pour connaitre de celles-ci, il le faut etudier.って書かれているんだけど、このド・サックスの言葉で検索してみたらフランス陸軍の指揮に関する文書が出てきて、冒頭で引用されていた。有名な言葉なのかな。

L’exercice du commandement dans l’armée de Terre


 

 それはさておき、このドゥ・ピックの「Études sur le Combat」は二部構成で、第一部は古代の戦闘、第二部は近代の戦闘について分析している。古代の戦闘では士気について結構書かれているんだけど、第二部の近代(ドゥ・ピックにとっては現代)でも、兵器は進化しても人間は変わらないと述べている。兵器だけでなく人間そのものについてもちゃんとわかっていないといけないってことなんでしょうな。l'homme ne change pas(人間は変わらない)の部分を斜体で強調しているし。軍隊における規律やsolidaritéの重要性を説いていたけど、この場合solidaritéって連帯というよりは団結って訳したほうがいいのかな。それと、勝つためには敵の不安cranteを恐怖terreurに変えないといけない、とか述べている。


 で、ドゥ・ピックの考えがLes Grandes Batailles du temps de Napoléon IIIシリーズのルールにどう反映されているかというと、うーん、正直自分にはあんまりわかんなかったな。戦闘ユニットが戦闘力のほかに士気値を持つっていうのは他の時代のゲームにも結構あるし。ファイアパワーで防御側が先に射撃、というのもまあ、そんなに珍しくないと思うし。戦闘結果が基本的に混乱+退却で、混乱から回復してまた攻撃できるっていうのが、物理的損害よりも心理面を重要視していることになる、のかなあ。もしかしたら、個々のルールではなくルール総体なのかもしれないけれど。この時代の軍隊や戦い方、それにそもそもウォーゲーム全般に関して知識がないのですみません…。でもまあ、ドゥ・ピックの考えは世紀をまたいで第一次世界大戦の仏軍にも影響を与えたようなので、ご興味ある方は読んでみてください。で、ルールのこういうところにドゥ・ピックの考えが反映されているんだよって教えてね。

ライプツィヒの戦いについて手軽にまとまった本を読むならー『ライプツィヒにおける諸国民の戦い』

  1813年10月18日の朝5時ごろ、アウグスト・フォン・グナイゼナウは妻に手紙をしたためていた。  「世界の歴史の中でこれまでほとんど起こらなかったような戦いをむかえる朝に、これを書いている。我々はフランス皇帝を完全に包囲した。この戦いはヨーロッパの運命を決定づけるだろう」 ...