2025年6月14日土曜日

『ノルマン騎士の地中海興亡史』が復刊! ということで併せて読んでみた、『中世軍事史の研究』

  「書泉と、10冊」っていう企画で入手困難な本が復刊していますね。『鉄腕ゲッツ行状記』やオスプレイの戦史シリーズなどがこれまで出ていますが、げにありがたし。今回、5月末には『ノルマン騎士の地中海興亡史』が出ましたね。

 ヨーロッパ全域で暴れまわったノルマン人、それにビザンツとイスラム、西欧勢力という三つ巴の11~12世紀の地中海世界、この二つが合わさったら面白くないわけがないですよね。それなのに日本語で読める本って言ったらこれ以外にあんまりないので、この本はマストリードですよ。今回復刊にあわせて読み返してみたんですけど、いやー、途中で止まらなくて一気読みでした。

 ノルマン人に関しては『The Norman Commanders』、12世紀の地中海に関しては『La Méditerranée au XIIe Siècle』といった本をブログでこれまで紹介しましたが、今回『ノルマン騎士の地中海興亡史』と併せて読んだのがこれ、『Studi di Storia Militare Medievale』という本。タイトルからは中世軍事史一般について書いているのかなと思えるんですけど、実際は11~13世紀の南イタリアのことがほとんどです。しかも「Fino alle mura di Babilonia. Aspetti militari della conquista normanna del Sud(バビロンの壁まで。南方のノルマン・コンクエストの軍事的側面)」という章があって、この本の4分の1近くを占めています。伊語はあんまり得意じゃないけど、頑張って読みましたよ。だって、向こうの研究者はどんなことを書いているのかなって気になるじゃないですか。

 ノルマン軍に関していろいろ書かれていて勉強になったんですけど、ビザンツ軍との比較が面白かったです。両軍の基本的な違いは、ビザンツ軍は結束と規律を基本としていたが、それは多くの軍事技術書に書かれた理論に基づいて厳しく訓練されたことから生まれていたのに対し、ノルマン軍は獲得物への欲、それに指揮官への忠誠というゲルマンの意識がその強さの基にあったとのこと。たしかにノルマン騎士はどんどん征服していってますからね。ボエモンドとか。それと、ノルマン軍の戦術的な優越を有していたものの、ビザンツ帝国に対しては戦略で劣っていた、という指摘が面白かったです。まあほかにもノルマン騎兵の活用についていくつか会戦の例を挙げていて、「Norman Conquests」に入っているCivitateも何回か触れられていました。


 「中世南伊の軍事史における弓兵とクロスボウ (Arcieri e balestrieri nella storia militare del Mezzogiorno medievale)」という章では、フランドルや北イタリアなどの歩兵のように長槍を装備し密集隊形で戦った歩兵はほとんど見られない、と述べていました。弓兵やクロスボウに比べると、このような歩兵は接敵しないと攻撃できないため重騎兵を支援するには明らかに劣っているという趣旨のことを書いています。たまたまポワティエの戦いについて書かれた本を並行して読んでいて、イングランド軍は有利な地形に布陣したものの衆寡敵せず危うくなるんですけど、そこで黒太子が仏王の部隊を騎兵で襲撃するという賭けに出ます。そのとき、騎兵の攻撃を支援するために長弓兵を使ったっていう描写があって、南伊での話とつながってなんだか嬉しかったです。


 もちろんこの本にはアンナ・コムネナの名前は何度も出てきました。Fino alle mura di Babilonia. (バビロンの壁まで)という章タイトルもアンナからの引用で、「騎乗したケルト(西欧人のこと)はバビロンの壁まで道を切り開いていけるだろう」という言葉からのようです。ちなみに馬に乗っていないノルマン人はそれほど強くなかったようで、乗馬時と下馬時を比較したアンナの言葉も引用されています。


 それと、「イスラム弓兵の歴史(Storia dell'arcieria islamica)」っていう章が4つ入っているんですけど、イスラムの軍隊については漠然としたイメージしかなかったので勉強になりました。イスラムと言えば7世紀にアラビア半島から勃興して東西を征服していくわけですが、もともとアラブには弓騎兵が無かったそうです。トルコ系の民族など中央アジアの勢力との接触から弓騎兵がイスラム勢力に取り入れられていったって言うのを初めて知りました。そういえばMen of Ironシリーズの「Infidel」は十字軍とイスラム勢力の戦いが収録されていて、セルジュークなどは弓騎兵が主力なんですが、Ascalonのシナリオではアイユーブ朝の軍には弓騎兵が無かったというのを思い出しました。アイユーブ朝は弓騎兵を持っていなかったってたしかシナリオブックに書いてあったけど、あの王朝は北アフリカのチュニジアからアルジェリアにかけての地域から起こった勢力だもんね。弓兵と言ったら歩兵だったのも納得です。


 ウォーゲームの中でもマイナーな中世にあっても南伊はさらにマイナーだと思いますが、ロベール・ギスカールとかノルマンの冒険野郎のことを知るとほんと面白いですし、アンナ・コムネナが生きた時代・地域に大きくかかわっているので、漫画『アンナ・コムネナ』にはまった人は読んでみてもいいんじゃないでしょうか。どこかが新書で和訳を出してくれないかな。






2025年6月6日金曜日

モンティ、ノルマンディーに還る

  6月6日と言ったらあれですよ、言わずと知れたあの日ですよ。あの戦いの立役者の一人にモンゴメリー元帥がいますが、ちょっとおもしろいネタを見つけたので調べてみました。

 先日読んだ『Castle』って本に、1066年のノルマン・コンクエストのところでRoger of Montgomeryというノルマンディーの貴族が出てきまして、結構大物だったらしく、ウイリアム征服王とその兄弟に次ぐランクだったようです。イングランド征服後のウェールズ国境地帯を防衛する役も任されて、そのためにいくつか城を築いたんですが、自分の出身の町、ノルマンディーのMontgommeriにちなんでそれらの城の一つにMontgomeryと名付けたっていうことがあの本にちらっと書かれていたんですね。

 え、Montgomery? プリンス・エドワード島の、緑の切妻屋根の? …なんてことを考える文学的素養は私は持ち合わせてなくて、すぐに思い浮かんだのがノルマン・コンクエストから約900年後にノルマンディーに侵攻した元帥。堅実だけど面白くない戦い方をすると思っていたらマーケット・ガーデンみたいなことやって痛い目見やがって(←個人の印象です)、というあの人です。

 

 モンティのご先祖がノルマンディーから来ていたら面白いな、と思ってちょっと調べてみたら、先祖はスコットランドから北アイルランドに移住したらしいんですけど、ノルマンディーまでさかのぼれない。Montgomery一族は12世紀にウェールズからスコットランドに移住したっていう記述は見つかったけど。


と思っていたら、ノルマン・コンクエストの際にノルマンディーからイングランドにやってきてMontgomery城を建てたRoger of Montgomery、フランス語表記だとRoger de Montgomeryですけど、その子孫に、アラメイン子爵であるモンゴメリ元帥がいる、って書いてあるサイトを見つけました。

https://fr.wikipedia.org/wiki/Saint-Germain-de-Montgommery


 おお、やっぱりモンティ、祖先をたどればノルマンディーにつながるのね。もしかして、常識? ちなみにSaint-Germain-de-Montgommeryっていうのはチーズで有名なカマンベールの近くですね。「史上最大の作戦」(エポック/サンセット)の地図にはぎりぎり入らない場所っぽいです。惜しい。

https://maps.app.goo.gl/SnQZCbNHrE2oKgM78


 「ノルマンディーよ、私は帰ってきた」とか、「我が祖先の地でナチに負けるわけにはいかん!」とかなんかモンティの言葉残っていないかな、と思ったんですけど私の低い検索能力では見つからず…。まあ本当にモンティの祖先がノルマンディーにつながるのかどうかもわからないのですが、思わぬところで点と点がつながった気になれて面白かったです。

2025年6月1日日曜日

14世紀イングランドへのトラベルガイド

 中世の会戦ゲームをよくやるせいかTwitterで中世関連のつぶやきがよく流れてくるんですが、時折目にするのが、また中世についてこんな間違いが言われてるよ、というもの。暗黒時代だったとか、風呂に入らなかったとか、そういう誤った俗説があるそうなんですがね、そもそも自分、何が通説かなんてのも知らないんですよね。まあ中世のゲームをやっているから関連する軍事や歴史の本は読みますけど。当時の生活というか一般社会についてもうちょっと知っといた方がいいんだけどな、と思いつつ、結構いろんな本が出ているのでどれをまず読めばいいかわからないんだよなあ、俗説とかの本を読んじゃったら嫌だし。
 そんなことを思いながら本屋の歴史コーナーをぶらぶらしていると、面陳っていうんですかね、表紙を見せるように置かれていたのが『The Time Traveller's Guide to Medieval England』という本。結構な老舗書店だったので、この本屋が推しているんだったらまあ大きく外れはしないんだろうと思って買ってみました。表紙もなんだかかわいいし。リアルな書店ってこういうのがあるからいいですよね。知らなかった本に出合って、手に取って装丁を見てパラパラとページをめくれる、という。
 

 この本は中世という現代から何世紀も前の時代を読者が訪れたらどんなものを見るのだろうか、ということをビビッドに描写してくれています。As soon as you start to think of the past happening (as opposed to it having happened), a new way of conceiving historiy becomes possible.とも言っていますね。a travel book about a past age allows us to see its inhabitants in a sympathetic wayだそうです。なのでこの本、内容は昔のことですが現在形で書かれています。それだけじゃなくて文体も軽めなので、読み進めるのが楽でした。例えば当時のフットボールがかなり危険で死人が出たこともあるという話の後に、When medieval people roll on the ground during a football match, you can be sure they are not feigning an injury in the hope of being awarded a penalty.とかね。
 ただ『The Time Traveller's Guide to Medieval England』ってタイトルですが、中世は範囲が広すぎるため、内容は14世紀に集中しています。騎士道や一騎打ち、マナー、芸術、建築などからして、「中世」とは何かという一般的なイメージに14世紀は一番近いからだそうです。14世紀は、内戦や大聖堂の建築、最後の十字軍といった諸々、それに何といっても黒死病で、中世の縮図とも見なしうるであろうとも言っています。まあ、イングランドに限った話のようですが。
 当時の習慣や建築物、旅行の仕方、宿泊先、食事、賃金、健康と衛生、法律など内容は多岐にわたっていて、当然ですが軍事的なことはかなり少なめ。you would be crazy to think you could engage a fourteenth-century man in combat and have a chance of surviving. Most of them are much stronger than you.なんて書いているし。
 でもjoustingのことについても触れらています。joustingって一騎討ちって訳せばいいんですかね。そこのところでこんな一文がありまして。
 a Byzantine princess, seeing a massed charge of Frankish knights for the first time, exclaims that they could punch a hole in the walls of Constantinople
 これってアンナ・コムネナのことですよね。いやー、14世紀のイングランドについて書いた本でアンナ様の言葉が出てくるなんて思ってなかったので嬉しい。

 この筆者、『The Time Traveller's Guide to Elizabethan England』って本も出していてBBCのテレビシリーズにもなったそう。日本語で『シェイクスピアの時代のイギリス生活百科』って訳も出ているみたいですね。『The Time Traveller's Guide to Medieval England』も訳が出ないかな。知らない単語が多すぎて…。でも単に単語を日本語に置き換えられても、説明がないと結局わからないから、訳注が充実したものがいいなあ。

2025年5月24日土曜日

30ドルしなかった古文書が数百万ドルに?! ー 『マグナ・カルタ』

  約80年前に$27.50で購入された古文書が、マグナ・カルタの原本だと研究者によって認められたっていうニュースが最近ありまして。ずーっとハーバード大学の図書館で死蔵されていたんですけど、イギリスの中世史の教授が電子化された画像を見て、調査を始め一年を費やしたそうです。いまじゃ数百万ドルの価値だとのこと。すげー。実際、2007年にニューヨークのオークションでマグナ・カルタの1297年の原本が2,100万ドルで落札されたそうです。

Cut-price Magna Carta 'copy' now believed genuine


マグナ・カルタと言ったら高校の世界史でも習うぐらいメジャーですよね。1215年、ジョン王の時代に制定されて、国王の権限を制限した歴史的な文書。今回見つかったのは1300年のものの原本で、あれ、どういうこと、1215年制定じゃないの? と思うかもしれませんが、上の記事にもあるように1215年から1300年にかけて何度か作成されていて、おそらく200の原本が作られただろうとのこと。

 せっかくなんでもうちょっとマグナ・カルタについて知っておきたい、と思って、Dan Jonesの『Magna Carta』を読み返してみました。だいぶ前に読んだんで結構内容を忘れているし。


 憲法史に残る文書だもんね、わくわく、と思っていたら、いきなり冒頭で、For the most part, Magna Carta is dry, technical, difficult to decipher and constitutionally obsolete.なんて書いてあるんですよね。まあ法に関する文書ってそういうもんでしょ、と気を取り直して読み進めると、すぐあとにThose parts that are still frequently quoted ... did not mean in 1215 what we often wish they would mean today.なんて言っているんですよね。がっくり。Magna Carta ought to be dead, defunct and only of interest to serious scholoars of the thirteenth century.とまで書かれていて、もう読むのやめようかと思いましたよ。

 でもそんなことが述べられたすぐ後に、Yet it is very much alive ... written into the consitutions of numerous countries, and admired as a foundation stone in the Western tradition od liberty, democracy and the rule of law.って続いていて、なんでそうなったのか、これは読まないとって思っちゃいますよね。筆者Dan Jonesの語り口にまんまんとはめられてしまいました。

 この本はマグナ・カルタ誕生の背景や経緯、制定後のゴタゴタを描写していて、加えて今日までの影響まで触れています。ジョン王の前と言ったらリチャード獅子心王ですが、Richard probably spent the least time - and took the least personal interest - in his English kingdom.なんて書かれていて、そりゃイングランドの貴族が王様に不満を持つわけだよ。ジョン王と甥のブルターニュ公アーサー(アルテュール)の確執にも少し触れられていて、『ブルターニュ花嫁異聞』を読んでおいてよかったと思いましたよ。

 本の半分近くを、マグナ・カルタの原文と英訳とかのAppendixが占めていて、本文は百ページちょいなので読みやすかったです。ジョン王については、ダメダメな王様というイメージしかなかったんですが、ジョンはジョンなりにいろいろやろうとしたということがわかって勉強になりました。第一次バロン戦争のゲームは持っていないけど、「Norman Conquests」のLewesとEveshamが第二次の戦いなんで、どっちかやってみようかな。

2025年5月18日日曜日

旧東ドイツ小史『小さな国、大きな壁』

  ベルリンの壁、と言ったら「ソ連」と同じく過去の遺物というかもう歴史として習うようなものになっているかと思いますが、Twitterでフォローさせていただいているケンケンさんがベルリンの壁を訪れられていていました。

そういや旧東ドイツについて書かれた本を持っていたはず、と本棚の奥からサルベージして読み返してみました。

 この本、『Kleines Land, große Mauer』はベルリンの壁崩壊から20年後に出ているんですけど、Für alle, die die DDR nur aus dem Geschichtsbuch kennen(ドイツ民主共和国を歴史の本でしか知らないすべての人に)なんて副題的なものがついています。実際、若いドイツ人の知り合いが、自分のように東西分裂時代を知らない世代こそこういう本を読むべきなんだって言ってました。まあ自分は旧東ドイツについて簡単な本がないかなって思って買っただけなんですけどね。


 旧東ドイツ、ドイツ民主共和国の成立から崩壊までの経緯や教育や経済など様々な分野についてわかりやすく書かれているだけでなく、文体も固くなくて自分にはありがたかったです。それはさておき、ベルリンの壁を越えようとして射殺された最後の犠牲者、Chris Gueffroyについても2ページを割かれていました。東ベルリンでウェイターをしていたChrisは、壁を越えようとしても撃たれることはない、という噂を信じて西側に行こうとしたそうです。Er war 20 Jahre alt, er wollte in den Westen. Mehr nicht.(彼は20歳で、西側に行きたかった、それだけなんだ。)という言葉でこの章が結ばれていますが、Chrisが撃たれた年、筆者は21歳で、まさに同年代です。壁の向こう側に行きたいという若者の気持ちはよくよくわかっていたでしょう。Mehr nicht.という簡潔な言葉に深い怒りを感じてしまいました。しかもこれは1989年2月のことで、9カ月後の11月にはベルリンの壁が崩壊し自由に西側に行けるようになるんです。「1989年2月には、誰もそんなことは予想できなかった。ほとんどの人は、国境が永遠に存在すると信じていた」と筆者は述べています。

 ベルリンの壁についても一章が割かれているんですが、壁の警備について同国人を撃った兵はどんな人間だったのかと疑問を呈していますね。徴兵制があって、運が悪ければ国境警備に就き、国から出ようとする人が警告しても止まらなかった時は撃たないといけなかった。そういう命令だったんだと書いています。でもその一方で、国境警備に付きたくないとはっきりと表明した兵はそのような地帯には送られなかったとも指摘しています。指揮官たちは信用できない兵士を非常に恐れたのだ、と。さらには、正確に狙って撃つ必要はなかった、「たまたま」外しても罰せられなかったのだから、と、西側に行こうとした人々を撃った兵たちを非難してます。筆者自身、徴兵で一年半、東ドイツで兵役に就いて実情を知っていただけに、許せない気持ちがあったんじゃないでしょうか。

 とはいえ旧東ドイツについて批判的なことばかり書いているわけではありません。冒頭に、旧東ドイツでは素晴らしい生活を送ったんだ、幸せな子供時代、それにいい思春期を過ごした、って言ってますし。


 久しぶりに読み返してみたんですが、また旧東ドイツに興味が出てきました。再統一から35年以上たってもドイツ国内の東西の違いはいまだに問題になっているようで、去年もこんな本が結構売れたみたいですし。なんか読みやすそうなのを探してみようかな。

2025年5月17日土曜日

城活にこの一冊(その2) — 今回は中世ドイツ、『騎士の城』

 前回紹介した『Castle』は中世イギリスの城についての本(ちなみに上の写真はイギリスのお城)だったので、別の地域はどうなのかな、と思ってドイツのを探してみました。だってね、中世のお城って言ったらノイシュバンシュタイン城とか、ドイツのイメージ、ありません? (しかし自分、いつもノイシュヴァインシュタインって言ってしまうんですよね。白鳥ではなく豚と言ってしまうところに己の俗物ぶりを感じて悲しい…)

 


 この本、『Ritterburgen』は「現代においてもっとも有名な城は20世紀から21世紀の変わり目に建てられた」なんて文章から第一章が始まっているんですが、え、どういうこと、と思っていたら、ハリポタのホグワーツのことを言っていました。高い壁と塔、そこには多くの出窓や胸壁があり、暗い廊下、秘密の通路、陰鬱な地下倉庫といった、中世の城によくあると思われているものがふんだんに盛り込まれているそうです。それだけでなく、「ちゃんとした」城と同様に、ホグワーツは最終的には攻囲され、強襲され部分的に破壊される。そして良い人々が城に立てこもって勇敢に悪の勢力の攻撃を防ぐ…といった典型的な中世のイメージを投影しているとか。

 でもこういったイメージは中世の実情を必ずしも忠実に反映しているわけではないそうです。この本の最後に、結びに代えて「城に関するもっともひどい12の誤解」なんてのも挙げられてますが、そうか、映画とかで流布している中世のイメージで考えちゃいけないんだと思いながら読みました。でもよく考えたら自分、あんまり具体的な中世の城のイメージって持ってなかったわ…。


 いろいろと面白い事例が載っていたんですが、必ずしも防御に有利な地形に城は築かれたわけではない、というのが結構意外。重要な交通路を抑えるために、より高い地点から攻撃されるような場所に城を築いたりとか。

 それと前回紹介した『Castle』でも、城は防御能力を必ずしも最重要視しているわけではないといった指摘がありましたが、実際の矢狭間を使った実験とかを挙げて、シンボル的な要素が城にとっては非常に重要だったと述べています。支配者の権力、地位を周囲にみせるために、低地から高地に城が築かれるようになったそうで、「垂直のシフト Vertikalverschiebung」なんて言葉もあるとか。

 あと、城を築くためにひつようなモルタル製造のために、大量の薪が必要だったとか、水も大量に消費しないといけなかったとか、具体的な数字を挙げています。城づくりで、建築材として木が伐採されるのは想像がつきましたが、石造りなだけにモルタルが必要で、そのためにすんごく火を炊かないといけないなんて知りませんでした。


 『Ritterburgen』では『Castle』同様、城とは何ぞや、ということについて冒頭で論じています。ややこしいのが、ドイツ語で城っていうとBurgのほかにSchlossっていう単語もあるんですよね。で、本の初っ端に「いつBurgはSchlossになったのか?」なんて書いてあります。SchlossはBurgの同義語として14世紀から使われ、19世紀になって、その歴史に反して、Schlossは城塞化されていないBurgの後継の建築物とみなされるようになった、そうです。うーん、ややこしい。Burgという単語に関しては他にも序文で「Ritterburgen」というタイトルに関して、もっと学問的に正確なAdelsburgやFeudalburgといった言葉はあるけれども一般にはまだ広まっていないので、この本の内容が簡単にわかるように「Ritterburgen」という言葉をタイトルに選んだって断っています。こういう細かい言葉のニュアンスや意味は自分はわからないんですが、bergやstein、fels、egg、eck、hausといった語尾がついている地名は城があった場所であることが多いっていうのはお役立ち知識かなと思いました。

 まあそれはそれとして、城(Burg)って何なのかってのを定義しようとしているんですが、中世を通じて城は変化し続けてきたので、城を定義すること自体が非常に難しいそうです。そりゃそうだ。それと言葉と言えば、中世を通じての城の変遷について一章設けて説明してくれているんですけど、知らん単語ばっかりで勉強になりましたよ。 


 ドイツで出版された本だけあって主にドイツの城の事例がふんだんに紹介してあります。もちろん他の地域のことにも触れられていて、例えばフランスで、中世の技術と材料を使って城を建てるというプロジェクトがあるんですが、その城Guédelonについてもいろいろと述べられていました。マーケティング的に非常に成功しているみたいで、一年のうち半年ちょいしかオープンしていないのに年間30万人が訪れるって、人気あるんですなー。それと再現と言えば、motte、ノルマン人が始めた土を盛り上げた城ですが、その再現が近年は博物館の屋外でなされるようになってきているとか。2010年にはこんなイベントもあったそうです。

Aufruhr 1215!

 この本、Bauwerk, Herrschaft, Kultur(建築、支配、文化)って副題みたいなのがついているんですけど、素人目には中世の城についてたいていのテーマはカバーしているように感じました。ちょうど新書ぐらいの手軽な分量で読みやすし。どこかの出版社が翻訳を出さないかなー。



2025年5月10日土曜日

城活にこの一冊 — ただし中世イギリスの

 城巡りって人気がありますよね。自分は城について詳しくなくて、虎口とか曲輪とか言われてもあんまりピンとこなくて、まあ有名な城は一応見ておいた方がいいかな、という感じでたまに行ったりしています。


 そんな感じであるお城に行ったんですけど、そこの売店で見つけたのがこの本。『Castle』ってそのまんまのタイトルだなと思いながらパラパラめくってみると、結構読みやすくて思わず買ってしまいました。

 筆者は子供のころから城が好きで、行くたびに甲冑をまとった騎士たちや、攻城戦の様子を想像してわくわくしてたとのこと。城は荒れたままであろうと修復されたものであろうと、magical placesだったそうです。でも、多くの砲が残されているのに王が食事をする場所がない城や、逆に豪華な寝室があるのに兵たちの寝る場所がないものがあったりして、城とは何ぞや、と疑問に思うようになったとのこと。

 城研究の古典的な本には、城とはbasically a fortified residence, or a residential fortressだって書かれているそうなんですが、筆者もだからこそ城にみんな惹かれるんだ、って言っています。how can a building be warlike and homely at the same time?と。ただ近年ではこの城の定義は疑問視され始めているそうで、見た目は城っぽいのに防御力にほとんど注意が払われていないものは城に含まれなくなってしまうからだそうです。建てられた当時、人々が城と呼んでいたのに、21世紀の我々の方がよくわかっているから城に含めないとするのは、非常に傲慢なことであろうと筆者は書いています。

 この本は"A History of the Buildings that Shaped Medieval Britain"っていう副題のとおり、11世紀のノルマン・コンクエストからイギリスの城について書かれているのですが、上記のとおり軍事面以外の城の機能というか役割についても結構言及しています。特に面白かったのは14世紀にたてられたBodiamという城についての章。この城、見た目は中世の城って感じがするんですよね。

Bodiam城の外観

写真を見ると、自分だったらこんな城攻めたくないなあと思ってしまいます。筆者曰く、すべての角には塔がたっているし、城壁のうえは胸壁になっているし、堀もある。城の見た目の特徴項目リストを作ったら、Bodiamはほぼすべての項目を満たすだろうとのこと。

 でも、あまりにも弱点が多くて、しかも外から見てわかるようになっているそうです。南面と東面には大きな窓があり、他の小さな窓も矢狭間になっていない。そもそも矢狭間がこの城にはない。城壁も薄く、堀の水もすぐに抜けるようになっている…と、これでもかというぐらい防御の弱い点が挙げられています。

 じゃあなんでこんな城が建てられたのか。14世紀の当時、イギリスは百年戦争の真っ最中ですが、そのころの社会状況と絡めて筆者は説明してくれていて、ふんふんと合点がいきました。


 こんなふうに書くとこの本では軍事的なことがあんまり説明されていないと思われるかも知れませんがそんなことはなくて、いろいろと勉強になりました。machicolationとかportcullisとかいった単語、知らんかったよ…。エドワード一世が建てたCaernafon城ではクロスボウの狭間がどうなっているか図解で説明してあったり。もちろん城の防御だけでなくて、trebuchetなど攻城兵器についても触れられていました。

 でも自分が面白いなと思ったのは、この本全体の傾向として個々の軍事技術というよりは当時の社会状況と絡めて城を説明している点。なぜmotteはフランスで11世紀に建てられるようになったのか、といった考察とか、薔薇戦争のときの城の状況とか。スコットランドについても、It would be wrong ... to suppose that just because Scotland has a lot of castles, it was a place where violence was an everyday occurence.なんて指摘は新鮮でした。だって中世のスコットランドって北斗の拳状態だったっていうイメージしかなくて…。

 17世紀の内戦、いわゆる清教徒革命のときまでこの本はカバーしているんですが、Pontefract城のエピソードが面白かったです。議会派は数ヶ月包囲したものの強襲では落とせず、兵糧切れになってやっと王党派の守備隊が降伏したという堅固な城塞だそうです。王党派は奪還を目論んで、夜、密かに自分たちの兵を城に入れるように議会派の守備隊の隊長を説得したとのこと。でもその隊長、酔っぱらってしまって別の夜警が立つことになり、王党派の兵は急いで退却します。このことを聞いた議会派政府は城の守備隊を増やすことに。これで防御完璧、となったはずが、兵が増えたせいで寝場所が足りなくなり、追加のベッドを城に運び入れることになりました。王党派の兵はベッドの運搬業者に変装して城に入り込み、まんまと城を奪還……ギャグですかって言いたくなる展開ですよね。

 

 城に関する知識がないまま読んだんですが、自分にはちょうどいい感じの内容で、最後まで一気に読めました。ペーパーバックで270ページほどしかないですし。それとこの本の最後には、現在では多くの城の修復が進んでいて、It only requires us to visit them and use our imaginations, and their restoration is complete.なんて書かれています。イギリスの城にかぎらず日本の城でもこれからは想像力を働かせようと思いました。でもその前に基本的な知識をもっと知っとかないと。とほほ。


『ナポレオンの騎兵とその指揮官たち』

  いつものことなんですが本って自分でなかなか選べずにほかの人が勧めているのを読むのが多いんですけどね、先日こういうポストを目にしまして。 『Napoleon's Cavalry and its Leaders』、読了しました。 1978年初版と古い本ですけど、フラン...